石田ゆうすけさんの青春18きっぷでミラクルミステリーツアー。
旅の途中でケーキ&一冊の本&鳥、鳥、鳥!

旅の途中でケーキ&一冊の本&鳥、鳥、鳥!

夜の帳が下りた。そろそろ「こんどう」での時間を仕舞いにして、浜松を発とう。ケーキの甘い誘惑にのり、ある書き手の思いに触れ、鳥たちに見送られながら、東海道本線に乗り込む。思えば、静岡県内に7時間近くもいたんだよなぁ。

スウィート・メモリーズ。

日替わりのケーキは自家製だという。「千枚の林檎」という名前に惹かれ、頼んでみた。
食べてみると、おや?さっぱりしている。昔のイメージから甘いケーキを想像していたが、ずいぶん違う。何層にも重なった林檎スライスがシャクッとした歯触りと同時にさわやかに香り、しっとりした生地とともに口のなかで溶けていく。

「父がもともと洋菓子職人だったんです。この店も、もとは洋菓子工場でした」
レシピは変えていないという。昔からこんなに上品な甘さのケーキを出していたなんて。あるいは舌の肥えた花柳街のおんなおとこたちを相手に、洗練されていったのかもしれない。

「千枚の林檎」450円。3日前までの予約で「ホール」3,600円の注文も可能。

沼津から約2時間。大量の餃子にハムカツ、そしてカツサンドを食べた腹はまだこなれておらず、実はケーキを食べたい気分ではなかった。でも「千枚の林檎」をペロリと平らげると、僕はイチゴのショートケーキを追加した。

そういえば、いつからスポンジの間にイチゴが挟まれるようになったんだろう。子どもの頃、「なかからイチゴが出てきた!」と驚いた記憶がかすかにあって、それ以前はスポンジ内にイチゴはなかったような気がするんだけど……。
ショートケーキもやっぱり甘さが控えめで口どけがよく、ぺろりと平らげた。

「イチゴのショートケーキ」450円。見た目が懐かしく感じるのは、スポンジの断面の色合いがシンプルだからでしょうか。

和子さんが一冊の本を出してきた。
奥付を見ると、発行は2013年。この店が載っているという。「こんどう」のページを開く。掲載は1ページ。半分は写真だから、文は短い。端正な文章で、情報だけでなく“ドラマ”も描かれている。
著者は山之内遼さん。巻末のプロフィールには「本書が第一作目の著書となる」とあった。1984年生まれ。まだ若いじゃないか。全国4,000軒以上の純喫茶を巡ったとのこと。その中から110軒を選んでこの本に書いたようだ。「こんどう」はその110軒に選ばれた。

けれんみのない味のある表紙。惹かれます。『47都道府県の純喫茶~愛すべき110軒の記録と記憶』(山之内遼/実業之日本社)。

和子さんが言う。
「著者の山之内さん、この本を出されてすぐ、事故でお亡くなりになったそうなんです」
「………」
「だから私、来るお客さんにできるだけこの本を見せてるの。山之内さんのことはよく覚えてますよ。たくさんお話しました。4時間ぐらいいらっしゃいましたかねえ」
訪問数に熱を上げる“ハンター”タイプではなく、心から純喫茶が好きだったのだろう。4,000軒もまわりながら、本への掲載は110軒に絞り、一軒一軒の“ドラマ”を描いたところにも、その嗜好が見て取れるような気がした。
「出版されたときは、手書きの手紙を添えて本を送ってくれましたね」
思わず感嘆の息が自分の口から漏れた。取材先への送本は編集部に任せる著者も多いのに……。

旅先にふらりと寄った喫茶店。心に残る出来事があると、目に見えない糸で引かれてやって来たような気がします。

夢で逢えたら。

あとがきにはこう書かれていた。
「どの店にもそこにしかない物語がありました。個人経営である純喫茶の魅力の一つは、お店自体のつくりからお客さんとの接し方、雰囲気など一つとして同じお店がないことです。この本を手にとって下さった皆さんの心に、純喫茶の魅力が少しでも響いたなら、これより嬉しいことはありません。」
それから取材に応じてくれた人々への謝意へと続いた。現店主だけでなく、他界した創業者やその関係者、さらには純喫茶の経営を支えている常連客にまで感謝の念を伝えている。純喫茶への深い愛がなければ、またその存続を一途に、真摯に願わなければ、そこまで思考は及ばないだろう。
さらに出版にあたっての謝意へと続き、最後に、本のあとがきにはちょっと不似合いとも思える言葉で結ばれていた。
「いつか、どこかの純喫茶で皆さんとお会いできることを楽しみにしています。それではさようなら。」
「…………」

真意はもちろん本人にしかわからない。あれこれ詮索するのは無礼だ。ただ、自然と言葉が浮かんだ。同業者として、処女作を書き上げたときの自分自身と照らし合わせ、あとがきをこの言葉で結んだ彼の心情を思うと、自然と、ひとつの言葉が。
やりきった――。

和子さんのご両親であり、「こんどう」の創業者である近藤仲雄さん夫妻。山之内さんもこの写真をご覧になったのかもしれません。

「そろそろ、次の電車ですね」
エベの言葉で僕らは立ち上がり、おふたりに礼を言って外に出た。
すでに空は真っ暗になっていた。かつて花柳街があった細い通りは、濡れたような色彩を闇に放っている。静かだった。歩きながら、僕は胸に問いかけていた。自分は誠意ある取材をしているだろうか――。
大通りに出ると、車の騒音が湧き上がった。そのなかに異様な音が混じっている。駅に近づくにしたがい、その音はどんどん大きくなっていった。上からだ。
エベ、ガリガリ君、僕の3人はほぼ同時に空を見上げ、声を上げた。

「野鳥の会」でも数えるのは骨が折れそう。

とんでもない数の鳥だった。木にとまっている。まるで木の葉だ。それらが一斉に鳴いているのだ。森じゅうから聞こえる無数の鳥たちの声を、1本の木にギュッと凝縮したような、巨大な声の集合体だった。
「なんでこうなるの……?」
「………」
「………」
夢の旅はまだ続いている。

――つづく。

乗り込んだのは豊橋行き。最終目的地の大阪の堺までは、まだまだ、だ。
果たして僕らは、豊橋に向かっているのか、夢の世界を漂っているのか。

店舗情報店舗情報

こんどうコーヒー
  • 【住所】静岡県浜松市中区千歳町14
  • 【電話番号】053‐455‐1936
  • 【営業時間】8:00~21:00、日曜、月曜~20:00
  • 【定休日】火曜
  • 【アクセス】遠州鉄道「新浜松駅」より4分、JR「浜松駅」より8分

文:石田ゆうすけ 写真:阪本勇

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石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。