石田ゆうすけさんの青春18きっぷでミラクルミステリーツアー。
浜松の「こんどう」で知った愛と追憶の日々。

浜松の「こんどう」で知った愛と追憶の日々。

日が暮れないうちに知らない町を歩いてみたい。思ったときが、そのときだ。さっそく、浜松で下車。限られた時間の中で目指すは、かの地で半世紀以上つづく喫茶店。町は変わっても、変わらないことって、確実にあるんだなぁ。

帰れない二人。

知らない町で滞在時間10分、その間に人は何ができるのか。試してみよう。
沼津から乗った列車は島田止まりだった。次の列車が出発するのは10分後だ。トイレを探し、用を足し、手を洗って、髪をセットすれば(青春だから)、すぐに過ぎる。でも青春18きっぷ最大の魅力は乗り放題より、乗り降り自由じゃないかと思う。好きなだけ途中下車できるのだ。なんて自由なんだ。アーイハヴァドリーム。この自由な風を胸いっぱい吸い込もう。駅の外に出よう。
さあ島田に着いた。急げ!

オリジナルケースに入れた青春18きっぷをサッと見せて、改札をくぐります。
うーん、何もなさそう……。再開発された駅前はどこも同じ顔ですね。
やっぱり“におい”がない。でも何か爪痕を残さなければ。……あった!
滞在時間わずか10分でこんなに優雅な気持ちになれるなんて。2時間ぐらい寝ていたような気分です。
おまけにメキシコにまで行って帰ってこられました。
以上、ミッション完了。急げ、ガリガリ君(下から写真を撮っている写真家の阪本勇くん)!

わずか10分でも、行動すれば、人は精神的に、いや物理的にだって、自由になれるのだ。またひとつ学んだ。まさに青春の旅。

やってきた普通列車に乗り込み、再びゴトゴト約50分、浜松に着いた。
乗り換えだが、ここではしっかり下車しよう。明るいうちにもう1回ぐらい町を歩きしたいね、という、たったそれだけの理由だ。午後4時15分。夕闇が迫っている。

冬の曇り空。あっという間に夜になります。流される時間への抵抗が旅なのです。

広い浜松を闇雲に歩くのはさすがに時間がもったいない。編集担当の痛風エベがスマホで調べたところ、駅から歩いて5分ほどのところに1951年開業の喫茶店があるとわかった。

浜松駅周辺も大規模に再開発され、つるんとしています。痛風エベの歩行もだいぶ並の人に近づいてきました。
ちょっと雰囲気が出てきました。路面はやっぱりつるんときれいで味気ないですが。
ありました。昭和26年から続く喫茶店「こんどう」。
飛び出す絵本のような店名ロゴ。風化具合に68年の歴史を感じます。ドアを開けると、長いカウンターにずらりと並んだスツール。
店のつくりがバーみたいですが、棚に並んでいるのはコーヒーの缶です。
使われているのは沼津の「ケルン」と同じくトミヤコーヒー。静岡の老舗コーヒー業者です。 メニューを見ると「ネルドリップコーヒー」とあり、僕は心の中で「やった」と小さくガッツポーズ。

昔の名前で出ています。

ママの近藤和子さん。シックなエプロンとシャツに客を迎える気持ちが表れているよう。
ポコポコポコ、店内にあふれる香り。ネルって見た目もおいしそうですよね。
「ブレンドコーヒー」470円。コーヒーがこの一種類なのも、昭和26年創業当時のまま。

ネルドリップならではの厚みと軟らかさを感じるコーヒーを飲みながら、セピア色の店内に染みついた68年間の空気を吸う。旅の合間のリッチな休息。店名の由来はやはり苗字らしい。
「昔はおしゃれな名前なんかつけなかったんだもん」
ママの近藤和子さんはそう言って少女のように笑う。
父親が始めた店を、和子さんは18歳から手伝った。以来、和子さんの人生は「こんどう」を中心にまわった。結婚相手も「こんどう」で見つけた。いまは息子さんが三代目として店を継いでいる。

三代目の厚さん。東京で料理の修業をされた後、戻ってこられました。

「昔はこのあたりは花柳街でね」と和子さんは語る。
「芸者が400人ほどもいたんですよ。私、そういうところを毎日歩いてここに来ていたから、聞こえてくる三味線の音だけで上手い下手がわかりましたね」
やっぱりそっか。雰囲気のある小路だったもんな。再開発できれいに覆われてしまったけれど、小路に積もり積もった浮世の塵は、コンクリートの“覆い”から滲み出ている。

ママとおしゃべり目的で来る常連さんが多いんだろうな。心をほぐしてくれる接客です。

「浜松はスズキの地元でね、そう、車やバイクのスズキ、あれはもともと織物屋だったんですよ。昔はガチャマンといってね、ガチャンと1回織るたびに万のお金になるなんて言われて、そりゃ繁盛したみたいです」
花柳街はなくなったけれど、浜松はいまも活気がある。繊維業だけに依存して、寂れてしまった日本各地の町や村と比べるのは、ナンセンスだろうか。国内を旅していると、「かつてこの町は繊維業で栄え……」などと書かれた案内板が、ひと気のない通りにぽつんと立っているのをよく見るのだ。

駅周辺も大いに賑わっているビッグシティ浜松。

――明日につづく。

店舗情報店舗情報

こんどうコーヒー
  • 【住所】静岡県浜松市中区千歳町14
  • 【電話番号】053‐455‐1936
  • 【営業時間】8:00~21:00、日曜、月曜~20:00
  • 【定休日】火曜
  • 【アクセス】遠州鉄道「新浜松駅」より4分、JR「浜松駅」より8分

文:石田ゆうすけ 写真:阪本勇

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石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。