米をつくるということ。
だるまが俺を呼んでいる。

だるまが俺を呼んでいる。

高崎は群馬県最大の都市だ。とは言え、矢継ぎ早に電車がやって来るなんてことはない。新幹線も停まる大きな駅だけれど、こちらは各駅停車の旅。予定していた上越線に乗り遅れると、最終目的地への到着が3時間以上も遅くなる。のんびりとランチタイムを気取っている場合じゃない。と言うことで、駅弁です。

ぼくらを待っていたように発車のベルが鳴った

だるま

ぼくら3人と、そして焼きまんじゅうは、走って、走って高崎駅へたどり着いた。階段を駆け上がると大腿筋がぶるぶる震え、心臓がドッキンドッキンと太鼓のように鳴る。頭で体力温存、体力温存と唱える。まだまだ目指す「カプチーノ」は遠いぞ。
電車に飛び乗ったのは発車の3分前だった。どうにか間に合いホッとしたのも束の間、よく見ると沼さんの姿がない。彼女はどこへ消えた?
いや、彼女は駅弁を手に入れるため、ひとあし先に駅へと走ったのだった。その沼さんがホームにも電車にも見当たらない。ということは駅弁がないということか。そいつはテーヘンだい!

いったん乗り込んだ電車から、江部さんが飛び降りて、改札へつづく階段を昇り始めた。沼さんを呼び出そうとスマホを耳に当て、しかも片手に焼きまんじゅうのパックを抱えたままで。危なっかしい。
と、スーツケースを携えた沼さんが、どこか優雅にも見えるゆっくりとした足どりで姿をあらわした。片手には大きなレジ袋。おおっ、駅弁がやってきた!ぼくはホッとする。いやいや、沼さんが無事合流できたことが何より良かったわけですが……。
こうしておいしい駅弁を携えて全員乗車。同時に、ぼくらを待っていたように発車のベルが鳴った。つぎの目的地は上越線の水上駅だ。メンバー4人は車両の真ん中に輪を描くように向かい合い、無事予定の電車に乗れたことを祝い、互いの健闘をたたえあった。

焼きまんじゅう

唐突に江部さんが「これ食べて」と、沼さんに焼きまんじゅうを差しだした。ギャルソンレースならぬ焼きまんじゅうレースを勝ち抜いたような自慢顔で。しかし沼さんは「いや、ここではちょっと……」と、困った顔で周囲を見まわした。車内に観光客らしい乗客の姿はなく、仕事や用事をすませるべくこの列車に乗りこんだ人たちばかり。みんなそれとはなしに、ぼくらの大騒ぎを見ていたのかもしれない。どうやらぼくらは車内で浮きまくっているようだ。さすが食に好奇心旺盛な沼さんでも、この雰囲気の中で串刺しされてタレがたっぷりかかった焼きまんじゅうを立ち食いするなんて、できないでしょう。おいおい江部さん、ちょいとデレカシーがないよ。

看板

高崎を出発して1時間あまり。水上駅が近づいてきた。有名なあの水上温泉だ。電車が次第に速度を落とし、車窓に水上の温泉街の風景がゆるゆると流れていく。ぼくは声を失った。朽ちかけて廃屋となった旅館やホテルが次々に目に入ってくる。
水上といえば、昭和の高度成長期からバブル期まで、首都圏から大勢の行楽客が訪れるとても人気のある温泉地だった。そう聞いていました。それがこんなに寂しい様子になっているとは。まさに「兵ものどもが夢の跡」である。ここも上尾と同じ昭和史のひとつの顔を残す場所といえるかもしれない。

いったい焼きまんじゅうに何が起こったのか

3番目の途中下車駅、水上で電車を降りた。ぼくらはがらんとした駅の待合室の片隅に陣取った。つぎの電車までの乗り継ぎ時間にいよいよ駅弁タイムだ!
まずは江部さんが店から必死に携えてきた焼きまんじゅうの出番。なによりあの甘く香ばしい味を、早く沼さんに味わってもらいたい。楽しみに待っていた分だけ、きっとその味もひとしおですよ。
差しだされたまんじゅうを彼女が半分かじって口に入れた。「どう?ね、旨いでしょ!」と、みんなで身を乗りだし、彼女の「おいしい」のひと言を待つ。が、沼さんは首をかしげ「うーん」というだけ。ぼくも焼きまんじゅうにかじりついた。ガーンとのけぞる。いったい焼きまんじゅうに何が起こったのか、1時間前に口にしたあの香ばしい味は、どこへ消えたの?

待合室の展示

江部さんも阪本さんも、冷えたまんじゅうをひと口かじると、一様に「この味じゃない!」を連発する。冷たいせいかタレの甘さも感じられなくなり、表面のパリパリした感触も失われ、まるでスポンジを食べているようだ。あの精気あふれる熱々のまんじゅうはここにきて死に体となってしまったのである。こんなにされてしまった焼きまんじゅうがかわいそう。できたてのおいしい焼きまんじゅうを食べられなかった沼さんも、またかわいそう。

看板

しかし、ぼくらにはまだ駅弁がある。駅弁というやつは、冷たくても旨い。そんなふうに「設計」されている食べ物なのだ。そこが駅弁の強み。よーし、食うぞ!みんな気を取り直して弁当選びに集中だ。
沼さんが選んできたのは、いうまでもなく高崎名物の「だるま弁当」だ。さらに気を利かせて横川の「峠の釜めし」も用意してくれた。さて、ぼくはどちらを選ぼうか?
峠の釜めしは全国に名を馳せた横川発祥の駅弁だ。横川は高崎から延びる信越本線の終着駅だが、長野とつながる北陸新幹線が開通して利用客が激減した。そこで釜飯だけ高崎まで「出張」してきたという感じかなあ。いまでは各地の駅弁フェアでも大人気だけどね。

峠の釜めし

ぼくも二度ほど食べたことがある。たしか益子焼きの容器は持ち帰った。今でもキッチンの棚の奥にころがっているかもしれないなあ。ずいぶん前のことで味の記憶は定かではない。だるま弁当も釜めしも、どっちも食べたいのだが、還暦すぎての食い過ぎは体にこたえる。ここは体力温存。未踏のだるま弁当を選んだ。
高崎はだるま人形の全国一の産地。だるま弁当はそれにちなんで生まれたご当地の名物弁当だ。真っ赤な容器にはコインが入る口が開いていて、食べたあとは洗って貯金箱に最適だとか。蓋を開けると竹の子、椎茸、こんにゃく、山菜などの煮物がぎっしり並んでいた。高崎名物の弁当なんだから、きっと高崎ハムが入っていると思いこんでいたが、それはなくて、かわりにこれまた旨そうな鳥肉の煮染めが入っている。箸でおかずの下をのぞいてみると、うまそうな色の茶飯が詰まっていた。
添えられたリーフレットには普茶料理(中国式の精進料理)と記されていた。「開運縁起」とも謳われている。たしかにダルマだもんね。これは正月から縁起がいい。さっそく、いただこうぞ。

藤原さん

――明日(2月16日)につづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

藤原 智美

藤原 智美 (作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。