美しいエゾ鹿のローストに、鹿のだしと赤ワインのソース。グラスワインのシラーだって進んじゃうもんね。ちょっと贅沢な「土日祝限定」のランチの紹介です。東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する3部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」とともにご案内します。
今回からは、土曜、日曜、祝日限定ランチの巻。
普通、ランチは近所の住民やサラリーマンなど、リピーター中心に照準を合わせて設定される。しかし土日祝限定のランチには、遠方から来客するお客さん、新規のお客さんの開拓など普段とは違う意味合いが考えられる。そのため、専門店や人気店で毎日はランチを出す余裕はない店でも、より力を入れたり、お得であったり、限定メニューがあったりと、楽しいランチが用意されている店が多いのだ。
1軒目に紹介するのは、フレンチ「Ludique(ルディック)」である。
フルコース仕立てで紹介しよう。
オーナーシェフの大塚勝也氏は、調理学校に通っていた時、老舗洋食の根岸「香味屋(かみや)」でアルバイトをしていた。コンソメやフォンをきちんと取ることで料理がおいしくなると身をもって体験。フレンチの基礎を身に着ける大切さを教わり、自分の道をフレンチに定めることになる。
24歳の時に言葉も話せないのにフランスに武者修業に出る。大塚シェフは「若かったからできたんです」と笑う。パリやコルシカのミシュラン星付きレストランなどで3年間働き、東京に戻ってからは青山「ロアラブッシュ」に入った後、系列店のシェフも経験。目黒「キャス クルート」では料理長を経験して経営も学んだ。
。そして、2016年12月に「ルディック」をオープンする。
どんな料理をモットーにしているのかという僕の問いに、大塚シェフは僕の目を見ながら「正統派フレンチ」ときっぱりと答えた。
この言葉に、僕はショックと新鮮さを感じた。
なぜかというと、僕が教員になり自分の財布で外食できるようになった頃、1970年代はポール・ボキューズに代表される「ヌーベルキュイジーヌ」(新生料理)の真っ只中だったからだ。今までの「オートキュイジーヌ」(フランスの伝統的高級料理)が「太る料理」とされ、「バターたっぷりの重いソースから軽いソースへ」「自然の味を残すため調理時間は短く」「独創的な組み合わせを目指す」などが提唱される。和食の影響を多大に受けた新しいフレンチは、日本人に馴染みやすいものだった。
1980年代に入るとジョエル・ロブションに代表される「キュイジーヌ・モデルヌ」(古典回帰)が台頭する。フランス料理の伝統技法を土台としながら新しい調理技法を融合させたものだ。しかし、新しもの好きで、表面的なことばかり真似するという日本人の持つ悪い傾向から、見た目重視の奇をてらった「創作フレンチ」の店が増えていく。
そこに「黒船」が襲来する。1980年代後半から1990年代の「イタ飯」(イタメシ・イタリアン)ブームだ。日本人にとってはイタリアンの方が、より気軽で、身近に感じられたのだ(スパゲティやピザの延長線上として)。
僕もフレンチからは足が遠退いていたが、最近浅草近辺のフレンチを食べ歩き、その魅力を再発見しつつあった。僕が大塚シェフの言葉にショックを受けたのは、日本人に誤解され続けてきた「正統派フレンチ」を堂々と宣言されたからだ。
そして、シェフの料理を食べて、「あー、こういうことか」と納得した。
シェフのいう「正統派」とは、古典的なフレンチの基本であるソースをことに大切にするということだという。
店名の「ルディック」とは「遊び心」という意味。シェフは、伝統的な本格派フレンチを基礎にしつつ、そこに遊び心という独創性を加味し、自分独自の世界を構築しているのだと。これは新鮮な驚きだった。
今回は3,850円の「シェフ任せフルコース贅沢ランチ」をいただいたが、その「遊び心」が遺憾なく発揮されているのが、スタートを飾る「フォアグラ最中」。浅草を意識した一品だが、見た目といい、味といい、びっくりした。
次に、「ルディック」の魅力が凝縮しているのが、メインの「北海道エゾ鹿のロースト ポワブラードソース」だ。まずエゾ鹿の肉が美しいロゼに仕上がり、弾力があるのに驚くほど柔らかくジューシー。エゾ鹿は、2~3歳のメスを好んで使うという。
そして、そこに掛けられるポワブラードソース。エゾジカの骨を使い胡椒の効いたパンチのある骨太なソースは、ソースにこだわるシェフの真骨頂である。
僕はシェフの「ジビエ(野生の鳥獣)料理」が大好きだ。「ルディック」では鹿、猪、鴨、山鳩などが楽しめる。シェフも「ジビエはアプローチが食用肉とは全く違い、調理法も多く、実物を見てから考えるのが楽しい」という。やはり遊び心だ。
そして、デザートの「ルディックの濃厚プリン」。練乳を使った、店の一番人気だという。甘いものは苦手な僕も、ペロッといただいた。
シェフは、「伝統料理を大切にするが、そこに縛られないことが必要だ」とも言う。目指しているのは「カジュアルなガストロノミー(美食)」。気取らないで楽しめるちょっとした贅沢だ。カウンター7席、テーブル8席。カウンターではお鮨屋さんのような感覚で、アラカルトも楽しんでいただきたいそうだ。
シェフは、ソムリエの資格も持っている。自分で料理とのペアリングをイメージしたワインを提供したいという思いからだ。フランスワインを中心にナチュラルワインもあり、常時8種類ほどの「おすすめグラスワイン」があるのが嬉しい。
しかも、メニューにはワイン1本1本に味の特徴がチャートとして添えられているのが楽しいし、僕のようなワイン初心者には勉強になりありがたい。
ここで、浅草のフレンチについて書きたい。ここ数年、浅草観音裏には若い料理人の店が増えている。僕の若い頃は、この辺りは「花街」なので敷居が高く、なかなか近寄れなかった。老舗が減ってきた今、新しい風が加わり、観音裏は新旧のバランスが取れたよい街になってきていると思う。
今シリーズ「浅草ランチ・ベスト100」の西洋料理部門では、蔵前「ビストロ モンペリエ」・駒形「ビストロマエダ」をリストアップしている。ランチはやっていないが、西浅草「ガンゲット ラ シェーブル」(1995年創業)は14時から営業している古株だ。(前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~ 神林先生の浅草ひとり飲み案内」で紹介した「ちゃこーる」は、この店が出したフレンチ焼き鳥屋「萬鳥(ばんちょう)」出身)。
しかし、実力店が次々にオープンしているのは観音裏である。僕は、それを勝手に「観音裏フレンチ四天王」と呼んでいる。
1軒目は「noura(ノウラ)」(2018年)。ミシュラン2つ星「Hommage(オマージュ)」(2000年)の姉妹店として「オマージュ“のうら”」に開店した。2020年3月からはランチ10,000円(税サ別)と高級店となっている「オマージュ」が創業当時に出していたようなメニューを格安で提供する店だ。穴場だったのだが、「ミシュラン・ビブグルマン」を獲得した(2019年版)ので、これからは……。
2軒目は、今回紹介している「ルディック」(2016年)。
3軒目は「しみいる」(2016年・「浅草ランチ・ベスト100」の「土日祝のみ部門」にリストアップ)。
4軒目は「petanque(ペタンク)」(2017年)。前シリーズ「浅草ひとり飲み案内」でリストアップしたが、ランチ営業はしていない。「マイクロビストロ」と名乗る店はカウンター8席のみで、スモールポーションの料理をワインとともに楽しめる。2018・2019年と2年連続で『ミシュランガイド 東京』の「ビブグルマン」を獲得している人気店なので、なかなか予約が取れない。
最後に、ワインについて少々。実は僕は、ワインには弱い。というか、根っからの凝り性なので、意識してハマらないように避けてきたと言ったほうが正確だ。しかし、最近は「自然派ワイン」(ナチュラルワイン)が気に入っている。
僕が行く「浅草観音裏ワインの店・ベスト6」で今日の回を締めくくろう。
① 「ペタンク」:マイクロビストロ。自然派ワインをグラスワインで。
② 「ルディック」(今回紹介):グラスワインの種類が豊富。21時以降はワインバー風に。
③ 「しみいる」:フレンチ。自然派ワインのフレンチ。21時以降はワインバータイムに。
④ 「浅草ワイン屋 ヴィーノアベ」:コルクを抜かずにワインを注ぐ「コラヴァン」を使用。
⑤ 「ワインバー クロドユータ」:ポートワインなど世界各地の美味しいワインが楽しめる。
⑥ 「ベヴィトーレ」:ワインとイタリアンの店。金曜、土曜、日曜はパスタランチがお得。
文:神林桂一 写真:萬田康文