ガレット・デ・ロワのある1月。
直径1mの巨大ガレット・デ・ロワを献上せよ!

直径1mの巨大ガレット・デ・ロワを献上せよ!

ガレット・デ・ロワは、菓子づくりのいろはが詰まっている伝統的な焼き菓子。日本では年に一度行われるコンクールの優勝者に、駐日フランス大使への献上品を焼く使命が与えられるそうです。失敗が許されない緊張感の中で行われる巨大ガレット・デ・ロワづくりを、追いかけます。

いったいどうやって焼き上げるのか......。

フランスの伝統菓子「ガレット・デ・ロワ」は、1月になると菓子屋やパン屋の売場に並び出す。
さっくりとしたパイ生地とアーモンドクリームのふくよかな香りの組み合わせは、シンプルながらも飽きることのないハーモニー。つくり手によって味わいも様々で、あれもこれもと、つい食べ過ぎの“デロワ太り”なんてことにならないよう用心が必要だ。

ガレット・デ・ロワに仕込まれたフェーブという陶器の人形を当てると、王冠と一年の幸福を手にいれる。

フランスでは年に一度、世界中からパティシエが集い、ガレット・デ・ロワづくりの技術を競うコンテストが開催されている。
「今年は本場フランスのコンクールに参加するかと思うと、今からドキドキします」と語るのは西馬込にある「メゾン・ド・プティ・フール」の三浦一将さん。2019年に日本で開催されたガレット・デ・ロワコンテストで優勝、2021年にパリで行われるコンテストへの出場資格を獲得した。

優勝者にはパリのコンクールへの挑戦と、もうひとつ大切な仕事がある。
毎年1月に開催される「サロン・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」で、駐日フランス大使に献上するための巨大なガレット・デ・ロワをつくり上げる、という一大ミッションだ。直径1mの菓子を、いったいどうやって焼き上げるのか......。
献上式当日の朝、「メゾン・ド・プティ・フール」の厨房を訪ねた。

時刻は10時、午前中の仕込みがひと段落した厨房でひとり緊張した面持ちの三浦一将さん。

厨房を覗いてみると、オーブンの前に張り付いてガレット・デ・ロワの様子を見守る三浦さんを発見。
「もう焼きも終盤です。仕上がりまで、あと30分くらいかな」
目にはギラリとした光が宿り、真剣そのものといった表情。油断を許さない緊張感が伝わってくる。

オーブンの中でジリジリと膨らんでいる巨大ガレット・デ・ロワ。通常の8倍量の材料を使っている。

1mの巨大ガレット・デ・ロワの焼き時間は、だいたい2時間ほど。「焼き色や生地の持ち上がり具合を見ながら少しずつ回転させたり、形を整えるために細かく抑えたりしています」と、三浦さんはオーブンで焼いている間、ほぼ付きっ切りで面倒をみているそうだ。
「リハーサルなしの本番一発勝負ですから、もう、3日くらい熟睡できませんでした。うとうとしたら、夢にシェフがでてきて『ガレットどうだ?』なんて言われたりして......」

寝ずの番、とは言わないまでも、三浦さんの手厚いケアを受けたガレット・デ・ロワが、いよいよ焼き上がる。
「そっと、丁寧にね!」
声をかけ合いながら男性ふたりで慎重にオーブンから取り出す。
レイエという表面の模様のひと筋まで魂が込められている渾身作が、まさに完成しようとしている。

オーブンから姿を現した巨大ガレット・デ・ロワは、特注の鉄板を含めると約30kgの重さ。
経験がない大きさの菓子づくりとは思えないほど迷いなく、素早く、丁寧に仕上げていく。

オーブンから取り出したガレット・デ・ロワに、三浦さんはすぐさまパウダー状の飴をふりかける。多すぎても少なすぎてもいけない。緊張しつつ、丁寧に作業を進める。
「これでまたオーブンに入れて飴を溶かし、ツヤを出します」
失敗が許されない一台、集中力が問われる仕事だ。焼き上がりまであとひと息。
さて三浦さん、仕上がりの予想はいかがですか?
「オーブンから出てくるまでは気が抜けませんが、うん、いい出来だと思います!」
コンテストの優勝から2ヶ月半の間、巨大ガレット・デ・ロワを美しく焼き上げることに時間も情熱も注ぎ込んできた三浦さんが、この日はじめて笑顔を見せてくれた。

納得の出来に仕上がりそうで、まずはひと安心。

「今晩はやっとゆっくり眠れそうです。あ、でもまだ、会場への搬入がありますからね、集中集中!」
焼き上がったガレット・デ・ロワを大使公邸に運び、献上するまでが三浦さんの任務。それまでは気を緩めることができない。三浦さん、ガンバレ!

さあ、いよいよ会場へと向かいます!

群衆を掻き分け、いよいよ登場!

「サロン・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」のメインイベントとして、献上式が行われる。

会場となるのは、在日フランス大使公邸。
「パティシエがこれほどたくさん集まる機会はめったにないですから、いわば、年に一度のパティシエの交流会みたいなものでもあります」と教えてくれたのは「クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」の会長で「メゾン・ド・プティフール」のシェフ西野之朗さんだ。
全国の名だたるパティシエが自作のガレットを持ち寄って一堂に会するとあって、フードジャーナリストや報道メディアも続々と会場にやって来る。

30名以上のパティシエがつくったガレット・デ・ロワが品評会のように並ぶ。

会場に入ると、様々なガレット・デ・ロワがずらり。ああ、もう、この光景を目にしただけで胸がいっぱい、感無量である。
室内は焼き菓子の香りで満たされていて、参加者たちもソワソワ。みんな、献上式のあとに振舞われるお目当てのものに狙いを定めているかのようだ。
「ガレット・デ・ロワ」とひと言に括っても、つくり手によって色や大きさ、生地の層やレイエの種類など、一台一台それぞれに個性がある。まるで彫刻作品のように美しいものもあれば、伝統に忠実な質実剛健なもの、あるいはカラフルな色合いが目を引く変わり種のものまで、ひとつとして同じものはない。
全部、食べたい……。
いやいや、さすがに無理です、無理無理。

さあ、いよいよ献上式のスタート。
ローラン・ピック駐日フランス大使が、集まった人たちにむけてスピーチ。「フランスの伝統であるガレット・デ・ロワが日本でこれほど愛され、みなさんと一緒に祝うことができるのは、素晴らしいことです」。

こちらこそ、素敵な菓子と文化を日本に伝えてくれてありがとうございます!

大使のスピーチのあとは、いよいよ三浦さんが焼き上げた巨大ガレット・デ・ロワが入場!
ご覧あれ、キラキラと輝く美しい姿を!!

ステージの正面から群衆を掻き分けるように登場する巨大ガレット・デ・ロワ。この日一番の注目です。

大きなプレートにのせられたガレット・デ・ロワがパティシエたちの手によって運ばれてくると、会場は熱気に包まれ、多くの人がひれ伏すように道を開ける。
大使のもとに堂々とやってきた佇まいのなんと立派なこと。
三浦さん、大成功ですね!
おめでとうございます!

切り分ける
大使や来賓の手によって切りわけられ、参加者に振舞われます。

巨大ガレット・デ・ロワには5つのフェーヴが忍ばせてあり、見事ゲットした人には、バカラのグラスがプレゼントされるそうだ。さて、この幸運を手にするのはどんな人なのか......。

「やった、当たりだ!」という声を聞いて駆け付けると......。
なんと、先日フェーブの魅力を語ってくれたフレンチF&Bのベルナール・アンクティルさんではないですか!
「今年もまた、当たっちゃったなあ。2020年も、いいことがありそうだ!」と満面の笑み。
やりましたね、ベルナールさん!

今年で献上式のフェーブが当たるのは5回目というベルナール・アンクティルさん。強運の持ち主!

「ガレット・デ・ロワのある1月」はこうして賑やかなうちに過ぎ去った。
今年もたくさんの出会いがあり、ひとつの伝統菓子によって多くの縁がつながった。
1年の計は、ガレット・デ・ロワにあり。
Vive la Galette des Rois!
2020年がみなさまにとって、素晴らしき年となりますように!

”生命力”を表す太陽のレイエが施されたガレット・デ・ロワ。
”勝利”を表す月桂樹のレイエ。
”豊穣”を意味するレイエは麦の穂。
”栄光”のレイエ、ひまわり。
スパイスやフルーツを使った、華やかなガレット・デ・ロワ。
2019年のコンクールで優勝した作品を三浦さんが再現したもの。

おわり。

文:沼田美樹 写真:萬田康文

沼田 実季

沼田 実季 (フリーエディター&ライター)

大学卒業後、広告制作会社、アートギャラリー、出版社で勤務した後、フランスの美術センターにてキュレーターのインターンを経験。帰国後、美術雑誌、インテリア雑誌、グルメ雑誌、グルメサイトの編集を経て独立。食とライフスタイルを中心に編集、執筆を行う。趣味は、おかしづくりと、「トイレのサイン」コレクション。