年が明けると、菓子屋さんやパン屋さんに並び始める丸い焼き菓子。その名も、ガレット・デ・ロワ。新年を祝うめでたい菓子です。2020年はガレット・デ・ロワと、ひと味違った1月を過ごしてみませんか?
毎年、12月の半ばを過ぎると、ソワソワと落ち着かない気持ちになる。「アレ」の季節がやってくるからだ。
「アレ」とはすなわち「ガレット・デ・ロワ」。フランス発祥の焼き菓子で、1月になるとブーランジュリーやパティスリーの店頭に金色の王冠とともにうやうやしく(というほどでもないが)並び始める。
6年ほど前からだろうか、ガレット・デ・ロワを食べまくるようになったのは。もはや何がきっかけだったかは忘れてしまったけれど、ひと月の間に10台以上、多い年には20台近くを食べ比べするようになり、1月の私のSNSは「#ガレコレ」(ガレット・デ・ロワ・コレクション)の投稿で埋まるようになった(ちなみに、1月は「デロワ太り」をするので体重計は封印している)。
ガレット・デ・ロワは、キリスト教のお祝いに由来する菓子で、もともとは1月6日の「公現祭」に食べる菓子だった。
日本ではあまり聞きなれない「公現祭」とは、12月25日に生まれたキリストのもとに東方から3人の博士(賢者)がやってきて、誕生間もないキリストに祝いの品を贈り、主が公に現れたことを記念する日とされている(新典礼歴では1月2日から8日の間の日曜日)。
ガレット・デ・ロワには「フェーブ」と呼ばれる小さな陶器の人形が埋め込まれており、その人形が入ったピースを食べた人は「王様」として冠をかぶり、みんなに祝福される、という習わしがある。
菓子としてはごくごくシンプルな構造で、アーモンドクリームをフイユタージュ(パイ生地)で挟み、表面に「レイエ」といわれる模様を描いて焼き上げるガレット・デ・ロワ。彩り豊かなムースやショコラ、ジュレを使うケーキとは対極にあるこの菓子に、なぜこれほど惹きつけられ、ハマってしまったのか。考えられる要因を挙げてみた。
その1
誰かひとりだけに「当たる」というギャンブル性による中毒症状?
その2
1年のうち1ヶ月間だけしか食べられないという「期間限定&季節限定」マジック?
その3
何が何でも「王様になりたい」という出世欲?
うーん。どれも当たってないこともないけれど……。
やっぱり、詰まるところ「おいしい」から。そして、見かけはよく似た顔立ちでも、それぞれにちゃんと個性があって「奥が深い」から。うん、それに尽きる。
どんな菓子でも、店やつくり手によって味や食感が違うけれど、構造がシンプルであればあるほど、その違いは面白い。奥が深すぎて、1月だけではおさまりきれない探求欲をそそられるのだ。そうして毎年「もうやめよう、今年は1台だけにしよう」と思いながらも、あの黄金色の丸い菓子を見るとフラフラと吸い寄せられてしまうのだった。危険危険。
では、私流ガレット・デ・ロワのチェックポイントをご紹介しよう。
まずは、繊細な手仕事で施された模様とその佇まい。
ガレット・デ・ロワの表面に描かれる模様レイエは、パティシエのウデの見せ所のひとつだ。特に日本人パティシエは正確で繊細な模様を描くことに長けていて、食べるのがもったいないほど美しいガレット・デ・ロワをつくる人が多い。「はぁ~」とため息が出るほど見事なガレット・デ・ロワに出会えた日は、それだけで幸せな気持ちになれるのだ。
ところで、伝統的なレイエは4種類あり、それぞれに意味がある。
月桂樹=勝利、太陽=生命力、麦の穂=豊穣、ひまわり=栄光。
意味を考えながら、それぞれの模様の向こうに願いを込めて「王座」を狙って運試し、というのもまた一興。まさに、新年にふさわしい菓子だ。
ガレット・デ・ロワはシンプルな菓子ゆえに、生地の食感が命。
サクサク食感のものから「飲むフイユタージュ」と言ってもいいほど薄く花びらのように儚いものまで、実に幅広い。
力強いサクサク感も、繊細なハラハラ感も、それぞれに良さがあるのがまた、ガレット・デ・ロワの面白いところだ。
ガレット・デ・ロワの形は、基本的に表面を平らに仕上げるのが良しとされ、天板をのせて焼き上げるパティシエが多い。フイユタージュの一枚一枚を感じられるように生地を丁寧に仕上げつつ、フラットな美しいガレット・デ・ロワを焼き上げるのは至難の業なのだ。ハラハラ感を保ちながらビシッと平らに焼き上げたガレット・デ・ロワの「機能美」は、もはや芸術品レベル。切ったときにこぼれ落ちる生地の破片すら愛おしくなるおいしさだ。
やはり決め手は「味」のバランスだ。
フイユタージュ生地にアーモンドクリーム、という構成において、クリームと生地のバランスは生命線。クリームが重すぎても、生地がかさばり過ぎでも命取りだ。
クリームにどんなアーモンドを使うか、香り付けになんのリキュールを入れるのか。生地の味とクリームのバランスには、つくり手である菓子職人の好みがバッチリ現れる。絶妙なバランスのガレット・デ・ロワは、一度に半分近く食べられるほど飽きないのだ。そんな一台に巡り会いたくて毎年何台も食べ続けている、と言っても過言ではない。
これまで遭遇してきたガレット・デ・ロワの数々を想い出しながら原稿を書いていると、もう、いてもたってもいられない。2020年は、どんな出会いがあるのか。ゾクゾクしてくる。
そんなこんなで……「今年はやめておこう」は、またまた先送りになってしまいそうな予感。
さて、そんなガレット・デ・ロワの魅力をさらに深く知るために「クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」の会長である「メゾン・ド・プティフール」のシェフ、西野之朗さんに話を訊きに行くことにした。次回は会長直々にガレット・デ・ロワを語る、の巻。お楽しみに!
――明日につづく。
文:沼田美樹 写真:萬田康文