中野慎太郎シェフが披露する9個目のケーキは「イチゴのミルフィーユ」。洗練された見た目に、バルサミコを添えるアイデアが都会的だが、ケーキを支える土台は、ザックリとした食感のパイとカスタードクリームの伝統的なつくりになっている。中野シェフのケーキ哲学を表すケーキのひとつだ。
真っ赤なイチゴがひときわ目を引く艶やかなミルフィーユ。その華麗な姿から、菓子の皇帝“ナポレオンパイ”とも呼ばれ、スイーツラバーにとってまさに憧れの逸品と言っても良いだろう。
「パイ生地をしっかり食べて貰うのが目的の菓子だと思うので、ホロホロっと口どけが良いフィユタージュアンヴエルセ(逆折り込みパイ生地)ではなく、食べ応えのある食感が特徴の折りたたみ生地フィユタージュオルデイネールにしています」と、中野慎太郎シェフは言う。
言葉通り、フォークを入れるや、ザクッという手ごたえに美味の予感が脳裏をよぎる。
ハラリと崩れ落ちるパイ生地は、まさに千枚の葉の意味を持つケーキ名そのものだ。
発酵バターの香り溢れるフィユタージュにクリーミィなカスタードクリーム、そこに焼いたメレンゲを加えて軽やかさを増したクリームシャンティ、真っ赤なイチゴとくれば、もう美味しさの方程式は完璧だろう。
焼いたメレンゲを加えたのは、メレンゲのショートケーキ“ヴァシュラン”から着想を得た。
また、スポイトのような容器に入っているのは煮詰めたバルサミコ。定番的なケーキだからこそ、どこかに自分らしいエスプリをと考えた時に思いついたのがこのふたつだ。
曰く「ヴァシュランは、イチゴと本当によく合うし、バルサミコ酢を合わせたのは、成澤シェフの往年のスペシャリテ“フォアグラとイチゴのコンビネーション”にヒントを得て」。バルサミコの酸味が、全体に重くになりがちな甘さを切る役割を果たしている。
――明日へつづく。
文:森脇慶子 写真:馬場敬子