みんなの町鮨
「長三郎」新潟県佐渡市|第九貫(前篇)

「長三郎」新潟県佐渡市|第九貫(前篇)

ついに地方編!新潟県佐渡島の「長三郎(ちょうざぶろう)」へ。日本酒をこよなく愛するライターの藤田千恵子さんが「新幹線とジェットフォイルに乗ってでも行きたい」と目をキラキラさせる町鮨は、エンターテイナーな大将の「披露の儀」が楽しい、楽しい。佐渡島の人口が2倍になる賑やかな夏、地元家族と帰省客でいっぱいの「長三郎」に潜入です。

案内人

藤田千恵子

藤田千恵子

日本酒取材歴35年。1980年代の地酒ブームから日本酒の低迷期、そして復活の栄枯盛衰を見つめ、dancyuでは創刊4号から執筆をしている業界の重鎮。という錚々たるご経歴ながら、永遠の少女のごとくチャーミングな藤田さん。カラオケの十八番はちあきなおみの「夜間飛行」。何があったか知らないが、「何かが終わって、どこかへ旅立つ歌が好き」というその歌声、今度はぜひ町鮨の2軒目で!

一度の滞在で最低2回は来たい町鮨。

いやぁ、緊張するなぁ。私は今、藤田千恵子さんと2人、佐渡島の町鮨にいる。秋田の日本酒「雪の茅舎」の高橋藤一杜氏を描いたノンフィクション、『美酒の設計』(マガジンハウス刊)の著者にして、文筆業界の大先輩だ。
2019年8月の1週間、藤田さんとイカワは、同じ釜の飯の蔵人になった。佐渡島の廃校になった小学校を活用した学校蔵で、dancyu webオリジナルの「d酒(ざけ)」を造るのだ。
偶然にも、藤田さんの愛してやまない町鮨が佐渡島にある、という情報をキャッチ。それはおいしいに違いなく、もれなく藤田さんの独占権もついてくる!というわけで、佐渡の町鮨「長三郎」のカウンターに並んで、瓶ビールを差しつ差されつしながら飛魚フライを待っているのである。

「私はね、一度の滞在で最低2回はここへ来ます」
うっとりと藤田さんは言った。何にうっとりしているかというと、烏賊の塩辛である。
「本当に素晴らしい。何がって?後で食べてみましょうね。1個600円でおみやげにもできます。予約制だから1回目に予約して、2回目で受け取って東京に帰る」
同時に秋刀魚や鯖の「押しすし」か、または鰤(ぶり)の太巻「おけさ巻」の持ち帰り用も購入。新潟駅にある「ぽんしゅ館」という、県内の酒を揃えた店で四合瓶を選び新幹線とき号に乗リ込めば、そこは新潟の酒と肴で満たされた“新幹線酒場とき”になる。さすが、完璧。
「佐渡島は帰り道も楽しいのー」
少女のように純真な語り口ながら、内容は日本酒道の黒帯です、藤田さん。

飛魚が、ああ可愛い!

取材で日本も世界も飛び回っている藤田さんが「長三郎」を知ったのは、2017年の夏。スペイン人の醸造家を追いかけて、映画『一献の系譜』を監督した石井かほりさんと佐渡島を訪れたときのことだ。
「あまりにもおいしくて、その冬にまた食べに来ちゃったほど。以来、何度か通っているけど、いつも満席です」
じつは「長三郎」、1年で8月の1ヶ月間とゴールデンウィーク期間だけ予約を取らないと聞いて、私たちは開店早々に駆けつけたのだった。8月は、帰省や観光客で島の人口が2倍(長三郎調べ)になる。せっかく島へ帰ってきたのに予約で一杯、なんてがっかりさせないように、チャンスはフェアに、早い者勝ちなのだそうだ。
私たちが滑り込むと、10分も経たないうちにカウンターも小上がりも地元の人で溢れ返った。

飛魚フライ

駆けつけのビールで潤ったところへ、お待たせしました、と飛魚フライが現れた。
「なんて見事な千切りでしょう!」
あれ、そっちですか藤田さん?しかし細くやわらかそうなフォルムは、きっと包丁の仕事、葉脈に沿った切り方か。いやいや、ここはやっぱり飛魚にほれぼれしてあげよう。佐渡と言えばの飛魚である。サクッと軽い衣を噛めば、中の白身は儚いほどのやわらかさ。ほろりのしっとり。
「飛魚は焼くと身がぱさつくので、揚げがいちばん」
とは大将の息子さん、鶴間博之さんである。では大将は……?
「あちらに」と言う藤田さんの視線を辿っていくと、飛魚を掲げ、ヒレをびよーんと広げている満面笑みの人がいた。
「これが飛魚。この長い胸ビレと腹ビレを4つの羽のようにしてね、こうやって飛ぶの」
黒光りする魚の体に、薄い鳥の羽がついてるみたい。魚が鳥に変身する途中というか、よく見るとなんだかグロテスクだ。と思いきや。
「ああ、可愛い!」
あれれ藤田さん?さっきから反応がややおかしいです。
「200m飛ぶからね」
ヒレをバサバサしてみせる大将に、藤田さんは手を叩いて喜び、そのお隣客(太り気味)は「俺は1mも飛べねえよ」とオチをつけた。

大将

新幹線とジェットフォイルに乗ってでも。

藤田さんは取材や会食で、東京の高級鮨店に行く機会が少なからずある。ところがプライベートで東京の鮨屋を選ぶことは、ほとんどないという。
「お鮨は地方で食べるのが好き。海辺の町に行って、お昼にお鮨です。なかでも『長三郎』は銀座で1回食べるなら、新幹線に乗って、ジェットフォイル(超高速船)に乗り継いででも来たい。この店は宝です」
お昼だから、頼むのは決まって握りの「佐渡のうまいもの盛合せ おまかせすし」。この日は鰤トロ、赤烏賊、本鮪のトロ、ズワイガニ、めばる、南蛮海老(甘海老)、飛魚、鮑、雲丹。これで3,200円。

赤烏賊と鮪、雲丹以外は佐渡産。佐渡の鮪は6月くらいまでで、8月は別の海を泳いでいる。雲丹は鮑の餌になるから、佐渡の人は鮑に食べさせ、人間用には捕らないのだそうだ。ちなみにズワイガニは禁漁期間だが、ほかの魚を捕る網に引っかかってしまう蟹がどうしてもいる。それをいただく地元の利。

佐渡のうまいもの盛合せ おまかせすし

お米がいいから、ごはんも酒も旨い。

衝撃は、めばるであった。なめらかとは対極の、飲み込むのを忘れそうになるほどゴリゴリの身。びっくりしてゴリゴリ、ゴリゴリ、何度も食感を確認してしまった。朝捕りだからです、と教えてくれたのは博之さんだ。
「めばるは寝かせておいしくなる魚じゃないから、鮮度がいいうちに刺身で」
そうか、これが海から揚がってすぐの食感。しかも「長三郎」は河岸の入札権を持っているため、自分たちで目利きした間違いのないものを、仲買を通さずに港で買えるという。

握りからは当然、日本酒である。藤田さんのセレクトは、「真野鶴 純米吟醸」。私たちの前に、四合瓶がドン、と置かれた。
「本当にいいお酒です。佐渡のお米のおいしさが味わえて、でもどっしりではなく、透明感のある綺麗な仕上がり。越淡麗(こしたんれい)という酒造好適米の特徴です。兵庫の人が山田錦を誇るように、新潟の人は越淡麗」
佐渡島は、朱鷺を復活させるため、島全体で減農薬栽培に取り組んでいる。「真野鶴」で使っている越淡麗のなかには、さらに田へ引く水も牡蠣殻を通し、ミネラル豊富な土で育てている米もあるそうだ。

真野鶴 純米吟醸

聞けばなんでも教えてくださる、黒帯と呑めるのはこの上ない役得。それにしても藤田さんは、いつから日本酒の道に入ったのだろうか。訊ねると、意外な言葉が返ってきた。
「初めは、書ければ何でもよかったんです」
ただ文章を書きたくて、でも、どう近づいていいのかわからなかった。出版社に入社したのに配属は計算課。石の上にも3年勤め、小さな出版社に転職したら半年で倒産。寸前に坂本龍一や矢野顕子が審査員を務める作詞コンクールでグランプリを獲り、賞金100万円のおかげで群馬の実家へ帰らずに済んだ。
「あのね、何もできない人って、何でもやりますって言うんです。私も、何でも書きます、と言っていたら酒蔵取材のアルバイトが入ってきた」
たまたまの縁だが、この取材で初めて日本酒の現場を見た藤田さんは「日本の酒蔵とはこんなに素晴らしいのか」と心を揺さぶられた。23歳、山形の樽平酒造だった。この仕事を続けた3年の間に、「神亀」で純米酒を知り、当時秋田県でもっとも若い杜氏だった「雪の茅舎」の高橋さんとも出会っている。それらが巡り巡って、2009年に発表された『美酒の設計』につながっていったのである。

第九貫(後篇)につづく。

店舗情報店舗情報

鮨 お食事 長三郎
  • 【住所】新潟県佐渡市新穂81‐4
  • 【電話番号】0259‐22‐2125
  • 【営業時間】11:00~21:00 (L.O.)
  • 【定休日】第1・3・5日曜、第2・4月曜
  • 【アクセス】佐渡汽船「両津港」から車で20分

文:井川直子 イラスト:得地直美

井川 直子

井川 直子 (文筆家)

文筆業。食と酒まわりの「人」と「時代」をテーマに執筆。dancyu「東京で十年。」をはじめ、料理通信、d LONG LIFE DESIGN、食楽ほかで連載中。著書に『変わらない店 僕らが尊敬する昭和 東京編』(河出書房新社)、『昭和の店に惹かれる理由』『シェフを「つづける」ということ』(ともにミシマ社)。2019年4月にインディーズ出版『不肖の娘でも』(リトルドロップス)を刊行。取扱い書店一覧、ご購入方法はホームページ(https://www.naokoikawa.com)からどうぞ。