中野慎太郎シェフがつくるケーキは、実に独創的なビジュアル。まるで近代的な建築物のような形をしたケーキは、しっとりとした滑らかな口当たりのガトーショコラだ。凛とした佇まいからは、誰もその味わいは想像できないだろう。
深緑色をしたキューブ型のガトーが三つ、幾何学的に並んだフォームはモダンながら、どこか和菓子の六方焼のようにも見える。
まずはひと口。瞬間、ふわっと香る抹茶の風味に思わず目を見張った。
口当たりはあくまでも軽く、それでいて舌にしっとりと広がるクリーミーな食感がたまらない。後には抹茶の濃厚な残り香とほろ苦さが、鼻腔を抜けていく。体を包み込むかのような馥郁な抹茶感、これこそ中野慎太郎シェフが「濃茶のガトーショコラ」に求めていたものなのだろう。
実現するために工夫を凝らしたのが、ベースとなるチョコレート。ありがちなホワイトチョコレートに抹茶を入れただけでは、ここまでの抹茶の香りは引き出せない。そこで、目をつけたのが明治製菓の製菓用チョコレート。彩味シリーズの抹茶味である。
「今まで彩味は使ったことがなかったのですが、試食してみたら思いのほか良かった」
自分の舌で納得したものは、臆せず取り入れる――そんな中野シェフの柔軟性もまた、彼の菓子づくりを特微づけるひとつの鍵かもしれない。
さらに、チョコへ加える抹茶も厳選。茶道三千家も御用達の老舗茶舗、京都「柳桜園」の“綾の森”を使用している。この抹茶は、石臼で碾いているため香りの立ち方が驚くほど華やかなのだ。
一方、生地のベースは、従来のガトーショコラ同様小麦粉とバターと卵。だが、そこに加えるメレンゲの混ぜ方が独特だ。
「メレンゲの泡感がなくなるまで、延々と混ぜるんです」
こうすることで、理想のしっとりした生地が生まれるわけだ。火入れにしても、卵に火が入ればOKというぐらいの弱火で蒸し焼き。
小麦粉の量も形を保つ最小限と、すべては冷たくても柔らかいガトーショコラをつくりたいがため。中野シェフの想いがこもった佳品である。
――明日へつづく。
文:森脇慶子 写真:馬場敬子