あまりに暑すぎた夏も終わりを迎える頃。「EST!」には、去っていく夏を想うのにふさわしいオリジナルカクテルがある。果実を噛みしめたときに溢れ出てくる果汁のような味わいは、遠い昔に見た風景を表現したものだった。
マスターの渡辺昭男さんのオリジナルカクテルのひとつに、“夕顔”がある。
癖のないホワイトラムをベースに搾りたてのグレープフルーツの果汁。そして砂糖を入れない代わりに“ディタ”というライチのリキュールが入る。
華やかで高貴な香り、グレープフルーツの酸味と軽い苦味。それでいてどことなくオリエンタルなニュアンスがある。
マスターは言う。
「日本にない希少なお酒を探しに香港やハワイに出向いていた時期がありました。夕顔は、ハワイで見た黄昏時の風景をカクテルで表現したものなんです。『EST!』のお客様であり、ハワイのガイドもやってる方が、僕に見せたいところがあるって連れて行ってくれたところがあるんです。時間は夕暮れ時。土手のような場所で、白い花がびっしりと咲いていました。それは美しい風景だったんです」
マスターの見た白い花は、なんだったのか?
古代ポリネシア人によってハワイに持ち込まれた伝統植物、ウリ科ユウガオ属の「イプ」だろうか。イプの実は古くは種子や花は薬となり、乾燥させた皮は水や食料を入れる容器にも
フラには欠かせない楽器としても活用されてきた。
あるいは、「夜顔」「ムーンフラワー」とも呼ばれる、熱帯アメリカ原産のヒルガオ科サツマイモ属の「イポモエア アルバ」だろうか。
「ベースのお酒は何にしよう、と考えたとき、向こうでもカクテルによく使われているラムを使うことにしました。甘さは欲しいけれど砂糖じゃつまらない。そこで甘味があって香りも際立つ“ディタ”を使うことにしたんです」
1980年以降にフランスで開発されたライチのリキュール“ディタ”が誕生したのは30年ほど前のこと。このカクテルが考案されたときには、比較的まだ目新しいリキュールだったはずである。
モデルとなった花の正体はどちらだとしても大した問題ではない。
遠い日の南国の黄昏を想い、目の前にあるカクテルを味わえば、それでこの一杯は完結するのだ。
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五