米をつくるということ。
収穫の秋は芸術の秋|米をつくるということ⑳

収穫の秋は芸術の秋|米をつくるということ⑳

米をつくるということは、何かに似ている。良かれと思ってやったことが裏目に出る。一所懸命やってもうまくいくわけではない。初めての米づくりで何を言っているんだと怒られそうだが、要するにままならないのだ。そして初日の稲刈りのあんなこともこんなことも、ボルタンスキーがかっさらっていった。

健康でいてくれればそれでいいのだ。

藤原智美さん
あぁ。うなだれるイネを前に肩を落とす藤原智美さん。えぇ。そんな。嘘っ。つぶやきは止まらず。

首をうなだれた情けない姿をさらすイネの前で、ぼくらは立ち尽くした。
稲作の大敵「いもち病」にやられてしまったのだ。いもち病に罹ったイネは、葉に赤い斑点が出たり、茎の一部が変色したりする。稲穂はぐったりして茎先から垂れ下がり、籾(もみ)も実りが悪い。原因は一週間ほど、雨と曇天の空模様がつづいたことにあるらしい。
この棚田に植えた苗は、コシヒカリの「原種」と呼ばれるクラシックなものだ。現在、全国で栽培されているイネは、そこから品種改良を重ねて生まれた、いもち病には強いものが多い。しかしわが棚田では、伝統的な稲作を目指し、苗もコシヒカリの原種にしたのだ。それが裏目に出てしまった。

イネ
いもち病。しょぼんとした稲先を見れば、一目瞭然なんだとか。確かに、しょぼん。

無農薬にこだわったのも、戦前まで一般的だった伝統的なやり方を試してみたかったからだ。その一方で、雑草を防ぐためにマルチと呼ばれる紙製のシートを敷いた。無農薬の稲作としては最先端のやり方だけど、普通に農薬を使うより、なんと10倍近い費用がかかる!という。と、これもチャレンジと敢えてこちらを選んだ。
つまり田植え、草取り、稲刈り、すべて機械を使わず、昔からある伝統的な手作づくりの稲作と、シートを使う新しい無農薬栽培の両方をやろうとしたのだ。しかし雑草に苦しめられ、そしてついにいもち病まで発生。無農薬のおいしいコシヒカリをつくるというだいそれた試みは、やっぱり失敗だったのか。
スタッフ一同、肩を落とし、畦で呆然としていたとき、そんなこと、どこ吹く風とばかりにイネをバシバシと刈り続けている小林昇二名人の姿が目に入った。名人もいもち病発生を知っているのだが……。稲刈りが始まったら、何があろうとも刈り続ける。そんな名人の信念のようなものが、鎌の勢いにあらわれていた。あらためて周囲に目をやると、稲刈り隊の面々も、みんな手を休めることなく働いているじゃないか。

小林昇二さん
やれることはやる。小林昇二名人の後ろ姿を見て、農作業のイロハを知った日。
稲刈り
稲刈り隊の誰もが、最善を尽くしていた。目の前のことに集中。いもち病がなんだ!
FC越後妻有
なでしこリーグを目指すFC越後妻有の面々も手伝ってくれた。稲刈りはひとりじゃできないのだ。みんなの力だ!

よくみれば、いもち病にやられたのは一部のイネだけだ。しっかり穂をつけたイネもたくさんある。そうだ!しっかりしなきゃ!せっかく実った貴重な籾(もみ)を一粒たりともムダにしてなるものか。みんなの働きぶりに励まされるように、ぼくらは刈り取り作業に戻った。
夕方近くになり、きょうの作業は終了となった。明日はすべて刈り取ってしまおうと決意を固めて、みんな長靴を脱ぐことにした。

イネ
1日目の成果。ずらりと並んだイネの姿を見ると、十分すぎるほどに刈った気がするけど、まだまだ。
長靴
長靴もよく働きました。2日目の稲刈りに備えて、しばしのお休みです。

満たされないのは食欲だけである。

この棚田がある十日町、津南町一帯を越後妻有(えちごつまり)とも呼ぶ。ここは各集落に現代アートが点在するところとしても有名だ。国際的な芸術祭「大地の芸術祭」の関連イベントが季節ごとに開かれていて、土曜、日曜ともなると各地から大勢の人がやってくる。わが棚田を守護神のように空から見守っている巨大な赤トンボのオブジェも、そのアート作品のひとつだ。

ジョン・クルメリングによるアート作品
松之山温泉への入口に聳える看板はジョン・クルメリングによるアート作品。テキストデザインは浅葉克己。

地元で芸術祭の運営に携わっている玉木有紀さんの案内で、夕食前のひとときを利用して芸術鑑賞をすることになった。アートに触れて、いもち病ショックを吹き飛ばし、明日の稲刈りに向けて鋭気を養おう! 
ぼくらがやって来たのは廃校となった小学校の校舎。鑑賞するのは校内をすべてアートの空間にしてしまった「最後の教室」だ。なんでも現代美術界では世界的に有名な作家であるクリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマンによる作品だという。
さっそく入ってみる。と、中は薄暗くなにやら不気味なムードが。かつては体育館だったのか、天井も両側の壁も暗がりの中に消えてまるで見えない、だだっ広い空間だった。次第に目が慣れてくると、全体がぼんやりと見えてきた。宙に揺れるたくさんの灯りは裸電球だ。それに部屋にはブーン、ジーという、まるで空間全体が苦しげに唸っているような低音が流れている。スピーカーはどこに?床はベッドの上に靴で乗ったようなフワフワしたたよりない感触で、足を踏みだすごとに不安感が増す。この草の匂いはどこから?足下に敷きつめられているのは干し草に違いない。ベンチの上に何十台と置かれた扇風機の風があらゆる方向から届き、頬をなでていく。

最後の教室
クリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマンによる「最後の教室」。ぜひ一度、観て欲しい。

廊下に出てつぎの部屋へ。心臓のドクン、ドクンという音が、こちらの心臓を揺らすほど大きく鳴っている。誰かの体内に紛れ込んだこような不思議な感覚だ。今度は白く広い布地で覆われた棺桶のようなものが並んだ部屋。ここも薄暗く、ちょっとしたお化け屋敷の風情だ。
2階、3階とすべての展示を見ると、いや体験すると、普段の忙しい仕事や雑事に振り回されている自分が、実につまらないものに思えてきた。外部の情報がいっさい断ちきられて、ただひとりの生身の人間に返った感じ。そしてまたあの広い体育館のような部屋に戻る。揺れる裸電球の光、草の匂い、低いうなり声のような音、頬をなでる風と、五感を刺激される。少し生き返った。というか生まれ変わった感じだな。そう人間は五感で生きているんだ。と、はたと気づいた。だけどここには五感にひとつ足りないものがある。味覚だ。そうだ食欲だ!
腹が減った。ごはんだ。米を食べたい!

名人
夕餉の舞台となる「三省ハウス」では、名人が待っていた。ビールを飲みながら。

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。