初めて行っても懐かしい。伊勢に「まんぷく食堂」あり!
彼女ができたら「からあげ丼」を必ず一緒に食べます。

彼女ができたら「からあげ丼」を必ず一緒に食べます。

「まんぷく食堂」のからあげ丼は三重県伊勢市の人たちにとっての青春の味。甘辛い香りと器いっぱいのボリュームに心を鷲掴みにされ、夢中で頬張るのだ。それは歳を重ねても変わらない。腹がへったとき、友達と会うとき、彼女ができたとき、心に想い描くのは、いつもあの味なのだ。

集まるときは、まんぷくで。

「そしたら、まんぷくで○時に」
高校時代からの常連客同士は、そのひと言、その一行で十分です。久しぶりに顔を合わせて近況を報告し合う楽しい時間に、からあげ丼は欠かせません。まんぷく食堂はいつも深い懐で、今の自分や過去の自分を丸ごと受け止めてくれます。

伊勢の「ソウルフード」のひとつ、からあげ丼630円。この味は「全国でまんぷくだけ」!

さわやかなイケメン3人組がからあげ丼にかぶりついていたのは、同じ「宇治山田駅ショッピングセンター」(現在の名称は「うじやまだ駅前横丁」)内で本店の隣りの区画にある“別館”の小上がり。まんぷく食堂には、こうした別館がふたつあります。最初の別館はかれこれ30年ぐらい前にできました。

本店でつくった料理をスタッフが運んで、食べ終わったら本店に寄ってお会計をするシステム。丼を片付けるとき以外、スタッフはやってきません。お店とお客さんの信頼関係があるからこそ、別館が居心地のいい場所として存在し続けることができます。

今も、そしてこれからも、ここに集まれば一瞬にして「あの頃」に戻れる。

向かって左から弦さん、大貴さん、大喜さんの3人は26歳。伊勢周辺の町で、林業、漁業、サラリーマンをやっています。時々、誰からともなく声をかけてこの店に集まるとか。
「ぼくらは、地元の知り合いとその同級生みたいな関係です。ここに来ると高校時代を思い出しますね。ちゅーても、まともに卒業しているのはひとりだけですけど」
「地元を離れた友達が帰ってきたときには、たいがいここです。だいたい向こうが『からあげ丼、いこに』って言い出して。やっぱり懐かしいんと違いますか」
「考えてみたら、もう8年か9年通ってますけど、からあげ丼以外は食べたことないかなあ。ただ、たまにトンカツや海老の切れ端が入ってるんでよね。もしかしたら、厨房の大平さんが『こいつ、よく見る顔や』って思ってサービスしてくれてるのかも」
たぶん、親しみとイタズラ心を込めたサービスでしょうけど、お互いにそこには触れないのが、じつに「まんぷく食堂」らしいと言えるでしょう。3人とも10代の頃は、からあげ丼一杯で何時間も過ごすことがしばしばありました。

漫画雑誌や単行本も大量に置いてあり、ひとりでのんびり滞在するお客さんも多い。

「まんぷく食堂」があるからこその幸せ。

まだ独身の彼らですが、新しい彼女と伊勢で何か食べようという話になったら、迷わずまんぷく食堂に来ると口を揃えます。失礼ながら、からあげ丼はけっしてデート向きのメニューではないかと……。
「自分が青春時代を過ごした場所を見てほしいし、何よりおいしいですから」
なるほど、その気持ちはわかります。ひとりは「からあげ丼を食べて嫌な顔をするような彼女なら、すぐに別れます」とも。たしかに、それは大事なポイントかも。からあげ丼は、相手の人間性や価値観の方向性をあぶり出すリトマス試験紙にもなってくれるようです。

「もう、みんな任せてますんやわ」と、大平さんをそっと見守る母の鈴子さん。

「このお店があってくれるのは、ぼくらにとっては幸せなことです」
それはきっと、元常連客はもちろん、まんぷく食堂を訪れたすべてのお客さんにとっての共通の想い。そして、日本のあちこちにも世界のあちこちにも、たくさんの“まんぷく食堂”があり、それぞれのお客さんや地域にとって大切な場所になっています。

今日も「まんぷく食堂」で、お腹も心もまんぷくに。

からあげ丼の丸い器の中には、お客さんとお店、お店と地域、地域とお客さんの幸せな関係がふんわりぎっしり詰まっていました。あなたにとっての“からあげ丼”は何ですか?

次回は、鈴子さんと亡夫・廣彦さんの愛の物語に迫ってみましょう。

――つづく。

店舗情報店舗情報

まんぷく食堂
  • 【住所】三重県伊勢市岩渕2‐2‐18
  • 【電話番号】0596‐24‐7976
  • 【営業時間】11:00〜20:30(L.O.)
  • 【定休日】不定休
  • 【アクセス】近鉄「宇治山田駅」より2分

文:石原壮一郎 写真:阪本勇

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石原 壮一郎(コラムニスト)

1963年、三重県松阪市生まれ。大学時代に作成したミニコミ誌が注目を集めたことをきっかけに、雑誌編集の道に進む。1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でコラムニストデビュー。シリーズ累計50万部を超す大ヒットとなる。以来、日本の大人シーンを牽引。2004年に上梓した『大人力検定』(文芸春秋)も大きな話題を呼び、テレビやラジオ、ウェブ、ゲームソフトなど幅広い展開を見せた。2012年には「伊勢うどん友の会」を結成し、2013年に世界初の伊勢うどん大使に就任。2016年からは松阪市ブランド大使も務める。近著に『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]』(ワニプラス)、『本当に必要とされる最強マナー』『大人の人間関係』(ともに日本文芸社)などがある。