アルゼンチンを巡る冒険。
旨い肉を食べて泣くinアルゼンチン。

旨い肉を食べて泣くinアルゼンチン。

心が揺さぶられる肉を、食べたことがありますか。旨いとか柔らかいとか肉汁が溢れるとか、そんなことじゃない。食べたら、泣けてくるのだ。いつかまたあんな味に巡りあいたいものだな。遠い地を思って、懐かしんでいたら、向こうから近づいてきた!

アルゼンチンといえば「肉」なのだ。

アルゼンチンとの人々は、とにかく“牛肉食い”で、生産量も世界4位という牛肉大国だ。そしてその肉の味は、世界中を旅する者たちをも魅了し、“世界一”とまで言わしめているのだが、実は個人的に、その牛肉以上に感動した肉がある。

羊肉だ。南部のパタゴニアでは、羊の遊牧が盛んで、羊肉がよく食べられている。
一度、パタゴニアで大雪に降られ、ガウチョ(牧童)たちの家に泊めてもらったことがあった。そのとき、オーブンで焼かれた肉塊をごちそうになったのだが、最初に口にしたときは、なんの肉かわからなかった。羊肉だと聞いたときは、ウソだろ、と思った。あの独特の匂いがまるでない。
ぶりんぶりんとした弾力に、ナッツのようなコク、口に広がる黄昏のような深い余韻。泊めてくれたことへの感謝の念と相まって、体じゅうに震えがきた。泣けてくるような味わいだった。

記念写真
アルゼンチンでは不思議といろんな人からよく声をかけられ、家に泊めてもらいました。

この旅から18年後、某雑誌の取材で再びパタゴニアを訪れたのだが、観光拠点の町、カラファテに着くと、首を左右にキョロキョロ動かし、落ち着かない気分になった。以前は荒野に置き去りにされた町といった寂しい様子だったが、いまでは旅行者を当て込んだレストランが軒を並べ、すっかりツーリスティックになっていたのだ。
いくつかの店にはショーウィンドウがあり、羊がアジの干物のように開かれ、焚火で焼かれていた。ガウチョたちの料理、羊の丸焼きが、いつの間にか旅行者向けの名物になっていたのだ。

羊の丸焼き
ホテル内のレストランでも羊の丸焼きが行われていた。

パタゴニアほど観光資源に恵まれたところも珍しい。氷河、山、湖、地球屈指と言いたくなるような絶景が詰まっている。しかし、たった18年でこんなに変わるのか、と感慨に耽りながら、その羊肉を食べてみると、幸福感の波が体に押し寄せ、やっぱり泣けてきたのだった。
いまでは「コルデロ・パタゴニコ(パタゴニアの仔羊)」というブランド肉になって海外にも売り出されているらしい。……残念ながら、日本以外の国で。

フィッツ・ロイ
絶景だらけのパタゴニアの中でもとびきりの景色。フィッツ・ロイ。
ペリトモレノ氷河
パタゴニアを代表する景勝地のペリトモレノ氷河。

なぜあんなに旨いアルゼンチンの肉が日本に入ってこないのだろうか。そのことに憤りすら覚えたのは、世界一周の旅から帰って間もなくのことだった。BSE問題が吹き荒れ、アメリカ産牛肉が輸入停止となり、牛丼チェーンが各社各様の対応を表明し始めた頃だ。アメリカ牛が入らないなら、牛丼はやめて豚丼にする、というチェーンもあった。
BSEリスクに加え、発がん性が疑われる成長ホルモン剤漬けのアメリカ産牛肉は、EUは早くから輸入禁止策をとっている。そのEUが、アルゼンチンからの牛肉はどんどん輸入しているのだ。
国同士の大人事情があるのだろうけど、国民の舌と財布、そして健康を第一に考えたら、アメリカ牛はやめて、アルゼンチン牛を入れるべきだよ。声を枯らしてそう叫びたかった。
結局、アルゼンチン牛が入ってくることもなく、輸入停止からわずか2年後に、アメリカ牛の輸入が再開となった。

ワイン
アルゼンチンはワイン大国でもある。代表的な葡萄マルベックのワインと、アサードの相性は抜群。

いきなり流れがやってきた。

それから14年の月日が過ぎ去った今春、僕は『dancyu web』の熱血若手イケメン編集者(でもなぜか三枚目のうっかり八兵衛)、大治朗くんと飲んでいた。
なんの話の流れだったか、「これまで食べてきた畜肉で、一番旨かったのは」というテーマになり、僕はパタゴニアの羊がいかにすごいかを懇々と説いた。すると彼は興味を示し、いろいろ調べたらしい。翌日にはこんな興奮気味のメールが入っていた。
「すごいです!アルゼンチン大使館が2ヶ月前に牛肉のレセプションをやっていたんです!アルゼンチン牛、どうやら日本に入ってきたみたいです。アルゼンチン料理店も何軒かあって、アサードも出しているそうです。近いうちに羊肉も入ってくるようです!」
マ、マ、マジかあ~!なんちゅうタイミングや!まるで計ったみたいやん!

ブエノスアイレス
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは陽気な町。ストリートタンゴもよく見かけます。

でも欲を言えば、レセプションの前に、大治朗くんと飲んで羊談義をしておきたかった……。
ともあれ、大使館が動いたぐらいだ。地球の裏側アルゼンチンから食の波がじわじわ押し寄せてくるんじゃないだろうか。なんにしろ、僕にとって、いや、あまたの旅人にとって、“世界一旨い肉”が日本で味わえるのだ。慶祝だ。吉報だ。パンパンパン(花火)。
ようし、いい機会だ。これまであまり取り上げられることのなかったアルゼンチン料理を、これから追いかけてみよう!

マテ茶
アルゼンチン名物のマテ茶。その場にいる人みんなで回し飲みします。

――つづく。

文:石田ゆうすけ 写真:中田浩資/石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。