アルゼンチンを巡る冒険。
アルゼンチンの「食」に出会えたという幸せ。

アルゼンチンの「食」に出会えたという幸せ。

旅行作家の石田ゆうすけさんが、アルゼンチンの「食」を追いかけるシリーズ。ゴールに見据えていたのは、アルゼンチンで出逢った仔羊「コルデロ・パタゴニコ」。道のりは遠かったはずが、思いもよらぬタイミングでチャンスが舞い込んだ!

ワクワクしながら大使館へと向かった。

「世界一肉が旨い国」と旅人から支持されるアルゼンチン。そんな国の食を紹介してきた本シリーズだが、最初のほうにこんなことを書いた。
「アルゼンチンの一地方、パタゴニアで生産されるブランド仔羊『コルデロ・パタゴニコ』の丸焼きをこのシリーズのゴールにしよう。僕が旅行中に最も感動した肉料理だから」
現実問題、ちょっと難しいかな、と思った。輸入が解禁されたばかりのコルデロ・パタゴニコを丸のまま一頭入手するなんて至難の業だろうし、そもそも丸焼きなんてどこでやるんだ?日本の店にはそんな設備はないし、野外でやるとしても、料理人はどうすんだ?丸焼きだぞ、丸焼き。
でも簡単にかなう夢なんてつまらないんだよなぁ。かなえられた時点で夢は終わってしまうではないか。手が届きそうでなかなか届かないぐらいが、ずっとワクワクできていい。

写真
パタゴニアではこのように羊を開いて鉄串を渡し、焚火や炭の遠火でじっくり焼きあげる。もともとはガウチョ(牧童)たちの野外料理だったが、最近はこの“一頭焼き”専門の店も増えてきた。

ところがその記事を掲載した約1ヵ月後、アルゼンチン大使館からこんな連絡が入った。
「パタゴニア産仔羊の丸焼きをするので来ませんか?」
なんでそうなるんだよ!ふつう大使館で丸焼きなんかしないだろ!

すでに書いたように、アルゼンチン大使館には彼ら流バーベキュー「アサード」の設備がある。
現地を旅しているときは、暇があればアサードをするアルゼンチン人を見ながら、「そこまでして肉を焼きたいのか」と何度も呆気にとられたものだが、彼らは日本に来てもそのスピリットを保ち続けているらしい。
そういえば、神泉のアルゼンチンレストラン「コスタラティーナ」の店主ディエゴさんも、東京に来てからは駐車場でアサードをしていた、って言ってたっけ。

国旗
アルゼンチン大使館にあった額装された国旗。上下の青は海と空、真ん中の太陽は独立の象徴。

それはともかく、コルデロ・パタゴニコの輸入拡大に合わせ、大使館で試食会を行うというのだ。
こんなに簡単にゴールしてしまっていいのだろうか?と少々複雑な思いを抱えつつ、9割はワクワクしながら大使館へと向かった。
近づくにつれ、麻布のモダンなビル街から羊が焼ける野趣あふれるにおいが漂ってきた。うーん、場所柄、シュールな香りだ。

大使館のビルに入ると、関係者たちはすでにワインを飲みながら談笑している。その部屋を抜け、テラスに出ると、“腹開き”にされた仔羊が、アジの開きのような様子で、網の上で焼かれていた。思ったより小さい。もっとも、これ以上大きいと網焼きは無理だろう。現地パタゴニアでは開いて串刺しにした羊を火のまわりに立て、遠火で焼くのだが、さすがに大使館ではそこまでできなかったようだ。

仔羊
大使館で4時間かけて焼かれた「コルデロ・パタゴニコ」。試食会の日、写真家が不在だったため、書き手の石田がメモ的に撮った写真。

恋しくて仕方がなかったコルデロ・パタゴニコ。

まずは大使や担当者から説明があった。
コルデロ・パタゴニコの特長は3つ。若い、軟らかい、オーガニック。ほかの国では月齢6ヶ月から出荷するが、コルデロ・パタゴニコは3~4ヶ月で出すらしい。また不毛の地パタゴニアで放牧するため、羊は草を求めて長距離を移動する。強風、寒冷といった過酷な環境も手伝って、軟らかく脂身の少ないきれいな肉質ができあがる。
そして天然の草だけで育てるため、きわめてピュア。ふむふむ。

メニュー
コルデロ・パタゴニコ以外にも様々な料理が用意された試食会のメニュー。

来場者たちの期待が膨らんだところで、試食スタート。エンパナーダを始め、様々なアルゼンチン料理をいただいた後、いよいよ仔羊の丸焼きだ。味付けは基本、岩塩だけ。切り分けられた肉はたしかに赤身が多く、肉質が締まっているように見える。

口に入れると、ブリンとした弾力、でも噛めばホロホロと肉の繊維がほどけて、雑味のない、羊肉の美しさだけが詰まったような、ナッツを思わせる甘味とコクが口内に広がっていく。そこへ、アルゼンチンを代表する蒲萄、マルベック種のワインを入れる。豊富な果実味とタンニンが凝縮された味と香り、それらと羊肉の旨味が溶け合って、快楽があふれだす。思わず笑ってしまう。ああ、これだよこれ。

仔羊の丸焼き
切り分けられたコルデロ・パタゴニコ。肉汁を含んだジューシーな肉質。こちらも石田撮影。

編集担当の大治朗くんもその滋味に目を丸くしている。
さっき会場で知り合った男性も、肉に熱を上げる人特有のギラギラした目で「これヤバいっすね」としきりに言う。彼はこれから店舗経営など、アルゼンチンの肉を広める活動をプロデュースしていくらしい。
肉料理界のレジェンド、「マルディグラ」の和知轍さんもいる。
あれ?「コスタラティーナ」の前浜ディエゴさんもいるじゃないか。彼らも肉を頬張り、微笑を湛えている。
毎年11月に東京の中野で「羊フェスタ」を開催している羊齧協会の菊池一弘さんもいる。
肉界のオピニオンリーダーたちもコルデロ・パタゴニコに注目しているのだ。
ふふ。これからどんどん食べる機会が増えていきそうだ。

試食会で仔羊を焼き上げたアルゼンチン大使館のシェフ、クラウディオ・オルモスさん。

それにしても、アルゼンチンを出た後、あんなに恋しくて仕方がなかったコルデロ・パタゴニコが、日本でも食べられる日が来るなんてなあ。ほんと夢みたいだ。
うん。こういう夢なら、実現が楽なほうがいいかも。
みなさんも見つけたら、ぜひお試しあれ~!

シリーズ「アルゼンチンを巡る冒険」も無事ゴールを遂げたので、最後はエピローグとして同国のデザートで締めましょう。
アルゼンチン大使館のシェフ、クラウディオ・オルモスさんが披露してくれました。

アルゼンチン流のクレープ「パンケケス・デ・マンサナ」。キャラメリゼしたりんごが生地の中に入っている。マルベックとベリーでつくったソースと相性抜群!アルゼンチンでは果実も豊富に収穫できる。
エンパナーダの皮と同じ生地を油で揚げた「トルタ・フリタ」。国民的なお茶「マテ茶」のお茶請けとして最もポピュラーなお菓子のひとつ。サクサクしてほどよい塩気と甘味があり、このままでもいけるが、後述のドゥルセ・デ・レチェもよくつける。
マテ茶を練り込んだパウンドケーキに、牛乳を砂糖と一緒に煮詰めた「ドゥルセ・デ・レチェ」を添えて。「ドゥルセ」は甘い、「レチェ」は牛乳の意。日本のキャラメルクリームと比べ、牛乳を使っているのでさっぱりして、甘さ控えめ。アルゼンチンのスイーツはこれを多用する。
プリンにドゥルセ・デ・レチェと生クリームを添えた「フラン・ミクスト」。甘味好きのアルゼンチン人は食後にスイーツを欠かさない。

――おわり。

文:石田ゆうすけ 写真:中田浩資/石田ゆうすけ

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石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。