初めて行っても懐かしい。伊勢に「まんぷく食堂」あり!
「全国でまんぷくだけ」のからあげ丼と青春の記憶。

「全国でまんぷくだけ」のからあげ丼と青春の記憶。

青春の味はありますか?部活帰りの牛丼、徹夜で勉強したときの夜食うどん、雀荘で食べたカレーライス。豪華な食べ物でもないのに、いつ食べてもなんだかしんみりした想いが胸を満たす味。三重県の伊勢市には、地元の人はおろか、初めて訪れた人も口を揃えて「青春の味だ!」というからあげ丼の店がありました。

伊勢の三大ソウルフードをご存知ですか?

「ただいまー」
「あらー、おかえり。ひさしぶりやなー」
この店では、今日もそんなやり取りが当たり前のように交わされています。
三重県伊勢市の近鉄宇治山田駅に隣接した宇治山田駅ショッピングセンターにある「まんぷく食堂」。
訪れる人の目当ては「全国でまんぷくだけ」のからあげ丼、そして店主の鋤柄鈴子(すきがら・すずこ)さんと息子の大平(たいへい)さんの笑顔です。

外観
近鉄の宇治山田駅から歩いて2分。ここでまんぷくになってから電車に乗り込む人も多い。
入口
鈴子さんは名物お母さんとして愛されている。3年ほど前にお客さんにプレゼントされた等身大のパネルがお出迎え。

観光客にとっては、伊勢の名物と言えば赤福や伊勢うどんが思い浮かぶかもしれません。
もちろん、地元の人も赤福や伊勢うどんが大好きですが、強い思い入れを抱いている「三大ソウルフード」があります。
いずれも宇治山田駅にほど近い「喫茶モリ」のスパゲッティ(モリスパ)、「キッチンクック」のドライカツカレー、そして「まんぷく食堂」のからあげ丼。どれも長く愛されている魅惑的なメニューですが、ひときわ癖になるのがからあげ丼です。

からあげを玉子でとじる
鶏肉のからあげと玉ねぎをだしで煮て卵でとじる。肉屋さんから仕入れるまんぷく食堂用の肉は、通常よりも大きめにカットしてもらっている。

私が初めて「まんぷく食堂」を訪れたのは、伊勢うどんに魅了されて伊勢にせっせと通い詰めていた7年ほど前です。伊勢市の隣りの松阪市で生まれ育ちましたが、恥ずかしながらからあげ丼のことは知りませんでした。
伊勢の知り合いの何人かに「伊勢うどんもおいしいけど、からあげ丼も食べてみたほうがええよ」と強く勧められ、「親子丼でもカツ丼でもなく、からあげ丼……?」と失礼ながら多くは期待せず、話のタネと思いつつ店へ。

壁
店の壁にはお品書きとともに、宇治山田商の甲子園出場を伝える新聞記事などが貼られている。

初めて来たのに、懐かしく感じるのはなぜなんだろう。

"まんぷくのからあげ丼”をひと口食べた瞬間に己の不明を恥じました。スパイシーでジューシーで複雑で、それでいて親しみやすい味。見知らぬ顔のひとり客に「ゆっくり食べってってくださいね」とやさしく声をかけてくれる鈴子さん。
キビキビと働く大平さんとアルバイトの若者たち。壁にビッシリ貼られた写真や地元校の甲子園出場決定を報じた新聞の切り抜き。食べ終わったときには、初めてなのに懐かしいお店の雰囲気と衝撃的においしい丼のトリコになっていました。

からあげ丼
からあげ丼は630円。仕上げにバリッと振りかける胡椒が「まんぷく食堂」らしさを演出している。

常連客に長く愛され続けるだけでなく、初めてのお客さんもやさしく受け入れて居心地よく過ごさせてくれるのが、「まんぷく食堂」の懐の深さであり鈴子さんと大平さんのお人柄です。「アットホームな人気店」にありがちな、一見さんには入り込みづらい世界ができているわけではありません。

大平さん
厨房に立つ大平さんはいつも笑顔だ。一見の観光客にも、昔からの友人のように笑いかける。

以来、しばしば訪れては、からあげ丼や新福セット(ミニからあげ丼+伊勢うどん)に舌鼓を打ち、鈴子さんや大平さんと世間話を交わして、身も心もまんぷくになっています。
書くことを仕事にしている身としては、いつかじっくりお話を伺って、それこそ「全国でまんぷくだけ」が持つ魅力の秘密に迫りたいと、密かに思い続けてきました。
今回、ついにその機会が到来!

5回にわたってじっくりお伝えします。

看板
ネオンの看板の周りにも地元高の生徒たちやミュージシャンのチラシがたくさん貼ってある。

次回はからあげ丼の正体と誕生秘話に迫ります!

――つづく。

店舗情報店舗情報

まんぷく食堂
  • 【住所】三重県伊勢市岩渕2‐2‐18
  • 【電話番号】0596‐24‐7976
  • 【営業時間】11:00〜20:30(L.O.)
  • 【定休日】不定休
  • 【アクセス】近鉄「宇治山田駅」より2分

文:石原壮一郎 写真:阪本勇

石原 壮一郎

石原 壮一郎 (コラムニスト)

1963年、三重県松阪市生まれ。大学時代に作成したミニコミ誌が注目を集めたことをきっかけに、雑誌編集の道に進む。1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でコラムニストデビュー。シリーズ累計50万部を超す大ヒットとなる。以来、日本の大人シーンを牽引。2004年に上梓した『大人力検定』(文芸春秋)も大きな話題を呼び、テレビやラジオ、ウェブ、ゲームソフトなど幅広い展開を見せた。2012年には「伊勢うどん友の会」を結成し、2013年に世界初の伊勢うどん大使に就任。2016年からは松阪市ブランド大使も務める。近著に『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]』(ワニプラス)、『本当に必要とされる最強マナー』『大人の人間関係』(ともに日本文芸社)などがある。