2019年も「d酒」を造りました!
活性酵母を届けに、佐渡へ|d酒2019「熊本酵母の旅」エピソード5

活性酵母を届けに、佐渡へ|d酒2019「熊本酵母の旅」エピソード5

dancyu webオリジナルの「d酒(ざけ)」を造るために、はるばる熊本県から引き取って来た「熊本酵母」。いよいよ、その活性酵母を、酒蔵の「学校蔵」がある新潟県佐渡島へ届けるため、海を渡ります。

出港1分前に、新潟港に到着。

拙宅の冷蔵庫で休んでもらっていた「熊本酵母」を、「学校蔵」がある新潟県佐渡島へ届けるため、念入りに梱包をし直す。「学校蔵」とは、佐渡で100年以上の歴史をもつ酒蔵である尾畑酒造が、廃校になった小学校を仕込み蔵に生まれ変わらせたもの。2018年に「d酒(ざけ)」はそこで産声を上げた。


上野から、上越新幹線「とき」で新潟まで約2時間。新潟駅から新潟港まではタクシーで移動し、新潟港から両津港まではカーフェリーで2時間30分。さらに、両津港から「学校蔵」までは車で約50分。 
計5時間30分におよぶ夏の移動に耐えられるよう保冷材もしっかり詰める。 

dancyu web編集長であり、d酒造り2年生のエベさんとは、新潟駅の新幹線ホームで合流する。活性酵母の運び役は、ここからはひとりじゃないんだと思うと、胸が軽くなる。
「持ちますよ!」と熊本酵母の入ったバッグをエベさんがひょいと持ってくれたので、事実、荷も軽くなった。

エベさんは、合流の挨拶もそこそこに足早にタクシー乗り場を目指し、いそいそと乗り込むと、「ここの移動時間がちょっとタイヘンなんですよ」といつになくソワソワ。
タクシーの車内で「フェリーの出港、何時でしたっけ?」とたずねるとーー。
「12時35分!」
ただいま、時計は12時30分。
出発までたった5分。これを逃すと、次のフェリーまでは3時間30分も間があく。
「ええーーーーーーーーっ!?」と私が叫ぶが早いか、タクシーの運転手さんがギュンとアクセルを踏み込んだ。

エ、エベさん、走らないでーー!

新潟港に着くや、「先に行って乗船券買って!タクシーは払っておくんで!」とエベさん。
ダッシュでエスカレーターを駆け上がり、窓口でチケットを買う。改札にいる係員に、「もうひとり来ます!」とゼイゼイ伝えているところに、エベさんが熊本酵母を抱えて走って来る。

「エ、エベさん、走っちゃだめなんですーー!」
本日2度目の悲鳴にも似た叫びを発する。というのも、酵母は瓶に詰められてはいるけれど、スポンジ状の「綿栓」をはめているだけ。走る振動で液体が泡立ち、その泡が綿栓に触れると、雑菌の温床となってガスが溜まって栓が抜けてしまう。瓶を倒しでもしたら、活性酵母はたやすくこぼれ出てしまうのだ。

おとと、と小走りに走る姿は、熊本酵母を分け与えてくださった熊本県酒造研究所製造部長、森川智(さとる)さんのアドバイスどおり、まさに気を払いながら鉢植えの花を運んでいるようであった。

フェリー

いきなり珍道中になりかけるも、なんとかフェリーへ乗船。出港の銅鑼が鳴る。
酵母の運び屋のミッションもここまでくればもう安心だ。
本日は晴天。波も穏やか。四方に広がる青い水平線。白い波しぶき。船を追いかけてくるカモメ。やっと佐渡へ渡るという期待が膨らんできた。

カモメ
海

――つづく。

文:沼由美子 写真:大森克己

沼 由美子

沼 由美子 (ライター・編集者)

横浜生まれ。バー巡りがライフワーク。とくに日本のバー文化の黎明期を支えてきた“おじいさんバーテンダー”にシビれる。醸造酒、蒸留酒も共に愛しており、フルーツブランデーに関しては東欧、フランス・アルザスの蒸留所を訪ねるほど惹かれている。最近は、まわれどまわれどその魅力が尽きることのない懐深き街、浅草を探訪する日々。