江戸前鮨の花形、小肌と新子。酢飯との相性が格別で、酢〆の握りの醍醐味を味わえる鮨種である。魚体の大きさが異なるこれらの仕込みは、どのように施されているのか。
小肌(新子)の産地は九州の有明海、九州本土と天草諸島に囲まれた内海の不知火海(しらぬいかい)。佐賀は竹崎、熊本は天草が主流だ。愛知の三河で獲れることもある。
「㐂寿司」四代目の油井一浩さんは、佐賀の小肌を好んで使う。
「有明海は海苔の産地ですから、佐賀の新子は袋を開けると、かすかに海苔の香りがするんです。品物は氷水に入った状態で市場に並びますが、その時によって脂の乗りや、酢飯とのバランスを考えて大きさを選びます。なにしろ1年を通じて小肌を切らすことはありません」
小肌の仕込みは専用の小出刃を使う。使い込まれた包丁は研ぐ度に刃が減り、切っ先がやたら鋭利な形をしている。
小肌は細かい銀の鱗で覆われているので、まず刃先で鱗をかき取る。そして、頭と腹の部分を切り落とす。内臓を取り出し、中骨と身の間に包丁を入れ、中骨と身を切り離す。とくに新子は身が薄いので、包丁の刃先を器用に使って、身を傷つけないようにしなければならない。
1回に仕込む小肌はおよそ30尾。集中力が試される。
開いた時点で小肌の大きさ、身の厚さ、脂の具合を見極め、選りわける。
ここからが江戸前の真骨頂である「塩〆」だ。
振り塩をした盆笊(ぼんざる)に皮目を下にして小肌および新子を並べ、上から振り塩をし、10分ほど放置する。小肌の表面から水分が浮き出てくるのを見計らって水洗いをする。
ことに新子に関しては、あっという間に塩がしみてしまうため、この塩加減と塩の抜き方が肝となる。
そして次はいよいよ、小肌の味を決定つける酢洗い、本漬けという酢〆の仕事へと進む。
一浩さん曰く、酢の漬け加減に答えがあるわけではないと語る。
「うちは酢洗いを2回します。小肌の表面に皮膜をつくり、水分が逃げないようにするためです。そして、ここからいよいよ本漬けです。小肌は季節、大きさによって漬ける時間は異なります。身が白っぽくなるのが目安なのですが、身が薄い新子はあっという間に酢が回りますし、魚体が大きい脂の乗りが薄い魚は酢が入っていかないので、その分、長く漬けるなどの工夫が必要です。 こればかりは魚の状態を見ながら、あとは、これまでの経験と勘で漬けるとしか言いようがありません」
酢から引き上げた小肌は、なんとも旨そうな艶かしい色をしている。
これを大きさごとに並べ、保存するのだが、その後も酢は全体に回るので、漬けて1日目と2日目では味わいは異なる。仕込んだばかりのキリリとした味わいを好む客もいれば、時間が経過して、酢の角がとれ、まろやかな味になったものがいいと断言する者もいる。
「㐂寿司」では、客の好みに応じて、ときに酢飯と小肌の間におぼろを噛ませて握る。酢飯と酢で漬けた小肌に、ほんのり甘いおぼろが絶妙なアクセントになる。口に放り込むとしみじみ旨い。江戸前鮨を食べに行くことは、小肌を食べに行くことかもしれない、という意味がわかる気がする。
いや、正確にいうと客は、小肌の味を確かめたいのだ。「㐂寿司」の江戸前の仕事が凝縮された小肌を食べて、ああ、やっぱり、この味だよな、と安堵したいのである。
一年中、品書きにありながらも、一年中、やっぱり食べたい。
小肌は「㐂寿司」の看板そのものなのである。
――つづく。
2019年9月15日~9月23日は夏季休業となります。
文:中原一歩 写真:岡本寿