「㐂寿司」の365日。
「㐂寿司」の看板、小肌と新子の仕込み方。

「㐂寿司」の看板、小肌と新子の仕込み方。

江戸前鮨の花形、小肌と新子。酢飯との相性が格別で、酢〆の握りの醍醐味を味わえる鮨種である。魚体の大きさが異なるこれらの仕込みは、どのように施されているのか。

佐賀産の小肌は、ほんのり海苔の風味がする。

小肌(新子)の産地は九州の有明海、九州本土と天草諸島に囲まれた内海の不知火海(しらぬいかい)。佐賀は竹崎、熊本は天草が主流だ。愛知の三河で獲れることもある。
「㐂寿司」四代目の油井一浩さんは、佐賀の小肌を好んで使う。
「有明海は海苔の産地ですから、佐賀の新子は袋を開けると、かすかに海苔の香りがするんです。品物は氷水に入った状態で市場に並びますが、その時によって脂の乗りや、酢飯とのバランスを考えて大きさを選びます。なにしろ1年を通じて小肌を切らすことはありません」

「㐂寿司」四代目の油井一浩さん
「㐂寿司」四代目の油井一浩さん。新子や新いかの時季は、細やかな気を張る仕込みが続く。

小肌の仕込みは専用の小出刃を使う。使い込まれた包丁は研ぐ度に刃が減り、切っ先がやたら鋭利な形をしている。
小肌は細かい銀の鱗で覆われているので、まず刃先で鱗をかき取る。そして、頭と腹の部分を切り落とす。内臓を取り出し、中骨と身の間に包丁を入れ、中骨と身を切り離す。とくに新子は身が薄いので、包丁の刃先を器用に使って、身を傷つけないようにしなければならない。

佐賀産の新子
佐賀産の新子。8月のお盆頃は出荷の早い愛知産を使うこともある。

1回に仕込む小肌はおよそ30尾。集中力が試される。
開いた時点で小肌の大きさ、身の厚さ、脂の具合を見極め、選りわける。

カッターのように小さく鋭利な包丁を使い、鱗を取る。
きらきらと、メタリックな輝きを放つ魚体になってきた。
頭と内臓を取り、中骨と身の間に包丁を入れる。
1枚に開き、美しい形に切り整える。

まずは、塩で〆る。

ここからが江戸前の真骨頂である「塩〆」だ。
振り塩をした盆笊(ぼんざる)に皮目を下にして小肌および新子を並べ、上から振り塩をし、10分ほど放置する。小肌の表面から水分が浮き出てくるのを見計らって水洗いをする。
ことに新子に関しては、あっという間に塩がしみてしまうため、この塩加減と塩の抜き方が肝となる。
そして次はいよいよ、小肌の味を決定つける酢洗い、本漬けという酢〆の仕事へと進む。

笊に塩を振る。
形を整えた小肌を並べる。
上からも塩を振る。
10分ほど置く。
流水で流しながら塩分と臭みを取る。

酢〆は、季節や小肌の大きさを見て勘で計る。

一浩さん曰く、酢の漬け加減に答えがあるわけではないと語る。
「うちは酢洗いを2回します。小肌の表面に皮膜をつくり、水分が逃げないようにするためです。そして、ここからいよいよ本漬けです。小肌は季節、大きさによって漬ける時間は異なります。身が白っぽくなるのが目安なのですが、身が薄い新子はあっという間に酢が回りますし、魚体が大きい脂の乗りが薄い魚は酢が入っていかないので、その分、長く漬けるなどの工夫が必要です。 こればかりは魚の状態を見ながら、あとは、これまでの経験と勘で漬けるとしか言いようがありません」

「㐂寿司」独自の合わせ酢ですすいで、漬ける。新子の場合は10分ほど。小肌の場合は、大きさに応じて15分から30分ほどが目安。

酢から引き上げた小肌は、なんとも旨そうな艶かしい色をしている。
これを大きさごとに並べ、保存するのだが、その後も酢は全体に回るので、漬けて1日目と2日目では味わいは異なる。仕込んだばかりのキリリとした味わいを好む客もいれば、時間が経過して、酢の角がとれ、まろやかな味になったものがいいと断言する者もいる。

一度、笊に並べ、大きさごとわけて揃えておく。
先の合わせ酢に調味料を入れる。大きいものから先に浸け、魚体によって浸け時間が変わるように調整する。
白くなりすぎないうちに、笊に上げる。
冷蔵のネタケースへとしまっておく。

「㐂寿司」では、客の好みに応じて、ときに酢飯と小肌の間におぼろを噛ませて握る。酢飯と酢で漬けた小肌に、ほんのり甘いおぼろが絶妙なアクセントになる。口に放り込むとしみじみ旨い。江戸前鮨を食べに行くことは、小肌を食べに行くことかもしれない、という意味がわかる気がする。
いや、正確にいうと客は、小肌の味を確かめたいのだ。「㐂寿司」の江戸前の仕事が凝縮された小肌を食べて、ああ、やっぱり、この味だよな、と安堵したいのである。

一年中、品書きにありながらも、一年中、やっぱり食べたい。
小肌は「㐂寿司」の看板そのものなのである。

――つづく。

店舗情報店舗情報

㐂寿司
  • 【住所】東京都中央区日本橋人形町2-7-13
  • 【電話番号】03-3666-1682
  • 【営業時間】11:45〜14:30、17:00〜21:30
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】東京メトロ「人形町駅」より2分

2019年9月15日~9月23日は夏季休業となります。

文:中原一歩 写真:岡本寿

中原 一歩

中原 一歩 (ノンフィクション作家)

1977年、佐賀生まれ。地方の鮨屋をめぐる旅鮨がライフワーク。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)など。現在、追いかけているテーマは「鮪」。鮪漁業のメッカ“津軽海峡”で漁船に乗って取材を続けている。豊洲市場には毎週のように通う。いつか遠洋漁業の鮪船に乗り、大西洋に繰り出すことが夢。