米をつくるということ。
木造校舎に泊まった夜|米をつくるということ⑭

木造校舎に泊まった夜|米をつくるということ⑭

5月に田植え、7月に草刈り&草取り、そして8月の終わりに再び草取りのため、3度目の魚沼=我が田んぼへ。しかし現実は甘くなかった。雑草たちは、下手な草取りをあざ笑うかのように、すくすくとイネより元気に育っているではないか。稲刈りまで、時間がないというのに、さあどうする?

イネより高い雑草は「木」なのか。

東京発の新幹線に乗り、夕方前に越後湯沢駅に着いた。そこから車を借りて、まっすぐに棚田へ向かった。
まつだいの駅が見えてくると、なぜか故郷へ帰ってきた気分。窓を開けて、懐かしい風の匂いをかいだ。果たして我らのイネは、どれくらい成長しただろうか。舗装道路から棚田に入る小径は、たしかこの辺だが……。

雑草の王国
麻雀に「緑一色」という役があるけれど、田んぼを目にして、そんなことを思い出すほどの、緑。ちなみに、役満。

ない!
えっ、通りすぎたか。もう一度、引き返して、空高くに見えるトンボの芸術作品を目印に、小径の行方を憶測すると、人ひとりが通れるほどの獣道が目に止まった。
まさか、こんな小さな道だったか?
通せんぼするように両側から張りだした雑草をなぎ倒しながら、車ごとわけ入った。車内に障害物を知らせるアラームが鳴り続ける。
悪い予感!
6週間ほどで風景が一変している。ここはまるで雑草の王国だ。
車を降りて、おそるおそる田んぼに目をやると、あたり一面びっしりと緑に包まれていた。よく見ると、その半分はイネと同じほど背丈が伸びた雑草だ。おまけに田んぼの真ん中あたりには、一本の雑草がまわりのイネたちを見下すようにグイッと高く伸びている。草というより、すでにあれは木じゃないか。前回あんなに一生懸命汗を流し、草取りしたはずなのに、自然の力は無慈悲この上ない。

茫然と畦にたたずむこと3分。突然「こっちは大丈夫ですよ」と声がした。江部編集長が手招きしている。
そこはマルチシートの上に田植えをした棚田だった。行ってみると、ほとんど雑草がない、実にきれいな田んぼになっていた。そればかりか、同じ日に植えたのに、雑草だらけの田んぼよりも、イネの丈が20~30cmは高く伸びている。こっちは期待通り順調に育っているじゃないか。
水が引いて、地面がむき出しになっているのは「中干し」して「落水」させたからだ。5週間ほど前に、土を固めてしっかりイネが根づくように水を抜いたことを、事前にスタッフから知らされていた。よく見るとマルチシートは溶けてすっかりなくなっている。田んぼを雑草から守り、役目を終えて土に還ったというわけだ。
イネの合間からイナゴやバッタが飛びだした。小さなカエルもいる。この自然の摂理こそ無農薬のおかげ。そう思うと、意気消沈した心もいくぶん回復した。明日の草取りにも、やる気が戻ってくる。

イナゴ
イナゴが我が物顔で、田んぼをぴょんぴょんと跳ねている。悪いことじゃない。
カエル
カエルだって、負けじとぴょんぴょん。カエルも喜ぶ田んぼというのは、いいことだ。

地元の食材で地元のお母さんたちがつくった料理を食べる。

さて、本日の宿は三省(さんしょう)小学校の元校舎だ。廃校となった築60年の木造校舎を改築して、宿泊施設につくりかえたもの。その名も「三省ハウス」という。
玄関を入ると、板張りの廊下が「教室」の脇を通って奥の厨房まで、まっすぐに伸びていた。昭和30年代、私が通った小学校もこんな廊下がある木造校舎だった。旧教室に設えられたベッドは、がっしりした二段ベッド。山小屋に泊まる気分だ。

看板
草取りに向けての宿泊先は廃校になった小学校。入口には在りし日の看板が掲げられていて、なんだか背筋がすっと伸びる。
廊下
まっすぐと続く廊下、大きな窓、掲示板――紛うことなき小学校の姿が残っていた。板張り廊下、ピカピカ。
教室外観
三省小学校は三省ハウスと名を変えて、小学校から宿泊施設へと生まれ変わった。教室は二段ベッドが並ぶ寝所。授業中に居眠りしたら怒られたのにね。

食事は越後松之山の家庭料理だという。夕食時間を待ちきれずにさっそく食堂へ。教室の壁を取りはらった広いスペースに、長いテーブルにパイプ椅子が並んでいた。厨房は音楽室だったという。その奥からかすかに人の話し声がもれてくる。ちょっとお邪魔してみよう。
泊まり客のためにキッチンで腕をふるっている女性は、この小学校の卒業生だった。半世紀が経って、かつて学んだ音楽室で、泊まり客のために料理をつくることになるとは、思ってもみなかったという。
料理は地元の食材を使ってすべて手づくり。棚田で働く家族のために、毎日、心を込めてつくってきた料理をそのまま提供するという。まさに農家のお母さんの家庭料理だ。
厨房の脇にある段ボールの中に、見慣れない大きな瓜のようなものが入っていた。持ち上げるとずっしりと重い。夕顔だそうだ。その隣にあるのは糸瓜。こちらも新潟特産の夏野菜。どちらも私は初めて目にする。いったいどんな料理になって出てくるのだろうか。ごはんはもちろん棚田でとれたコシヒカリだ。
ぼくらは夕食を待ちこがれながら、まずは新潟の地酒とビールで喉を潤した。そこへ料理がトレーにのって運ばれてきた。

左から相澤俊子さんと小口千亜希さん
三省ハウスで夕食をつくってくれたおふたり。左から相澤俊子さんと小口千亜希さん。相澤さんは三省小学校の卒業生!
巨大な野菜たち
巨大な野菜たちにびっくり。左はかぼちゃ、真ん中のふたつが糸瓜。右の夕顔はひとりで持ち上げることがたいへんな重量感。
夕食
相澤さんたちがつくってくれた夕食。野菜たちも、しっかりと使われていますよ。

あの大きな瓜、夕顔(ご当地では「ゆうごぉ」と発音)は、どんなふうに料理されているのか?

これか!

にらんでいた通り、大好物の冬瓜そっくりの半透明だ。わが人生の初物を、口に運んで噛むと、実にやわらかい感触。そのまま口の中でとろけていく感じがたまらない。いろんな料理に姿を変えたオクラ、トマト、きゅうり、玉ねぎなども地物だという。去りゆく夏の香りを追いかけるようにいただく。メインは妻有ポークで、魚沼棚田産のごはんでパクリ。あっという間に、農家の家庭料理は胃袋におさまった。満足!

料理を味わいつつ、地酒の杯も進んだころ、「雨が強くなってきましたね」と江部さん。耳を澄ますと、ザッーという雨音が聞こえてきた。広い食堂には泊まり客の静かな話し声と、厨房からときおり皿の重なる音が届くだけ。テレビの音声や車の音がしないこのゆったりした静けさに、かつての農家の夜を想う。なんというのんびりとした豊かなひとときだろう。私たちはただただ愚鈍に、その夜を古い木造校舎で過ごした。

そしてすべてが寝静まった真夜中、私は異変に気づき跳ね起きた。ジェットエンジンを噴かしたような轟音が窓ガラスを揺らす。雨だ、とてつもない大雨!
プールのように水に浸かった田んぼが目に浮かんだ。イネは無事だろうか?

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)などがある。最新刊は『この先をどう生きるか』(文藝春秋)。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。