ウイスキーを使ったスタンダートカクテル、“ウイスキーサワー”。マンハッタンほどメジャーじゃないけれど、強い酸味とウイスキーの味わいがしっかり感じられる一杯。レモンスライスとチェリーの飾りも可愛い、往年のカクテルを味わおう。
「ウイスキーサワーは、ウイスキーを使ったカクテルの中で欠かせない一杯です。けれど、カクテルの女王なんていわれるマンハッタンや、オールドファッションのように数が出るものじゃありませんね。そもそもウイスキーベースのカクテルをください、というお客様が少ないんです」
そう、マスターの渡辺昭男さんは言う。
初めて聞いたなら、ウイスキーの炭酸割りのようなものを想像してしまうかもしれない。
でも、差し出されたのは小さな可愛いグラス。レモンスライスとレッドチェリーの可憐な飾りが添えられている。
楚々としたクラシカルな飾りのカクテルは、レトロな純喫茶のレモンソーダを思わせ、飲んでみるときゅっと口がすぼまるような酸っぱさ。口中が華やかなウイスキーの香りで満たされ、可愛いらしい見た目に反して、アルコールもしっかり感じられる。
「サワーと聞くとつい居酒屋の炭酸で割ったお酒を思い出しがちかもしれませんが、サワーとは『酸っぱい』の意味で、実際には炭酸が入りません。その代わり、長めにシェイクをして空気をたくさん入れることで、炭酸水のような気泡を生むんです」
原則として炭酸水を使わないが、一部、最後にソーダやシャンパンで満たす処方もあるという。
ウイスキーカクテルは、何のウイスキーをベースにするのかが大きな課題である。スコットランド、アメリカ、カナダ、日本、アイルランドの5大ウイスキーと呼ばれる産地や、その他の新しい産地のもの。ピートのきいたもの、軽やかなもの。何を選ぶかで、味わいは大きく違ってくる。
ウイスキーサワーにバーボンウイスキーを用いるバーも見られるが、「EST!」で用いるのはカナディアンウイスキーである。
マスターの渡辺さんは言う。
「柔らかくて口当たりがいいでしょう。開業時からこのウイスキーを使っています。レモンやオレンジの香り、酸味を邪魔しないんです」
「EST!」の果物は、フルーツ専門店から調達される。かつては地元の高品質な果実を扱う専門店から購入していたが、数年前に閉店。地元では「根津の“千疋屋”」と呼ばれて親しまれていた優良店だった。
消費の早いものはケース買いし、マスター自ら、その日に使う分を自宅から抱えてバーへと向かった。
現在は多くの果物は店に直接配送してもらい、ライムに限っては次男でバーテンダーの宗憲さんが、ほぼ毎日、買い物に赴いている。皮の厚さがそこそこあって、きめが細かく、艶のあり、果汁がしっかり取れるものを目利きしている。
選りぬきの果物の果汁は、シェイカーの中でウイスキーと混じり合い、溶け合い、グラスの中で静かな泡を立ち上らせている。一つ一つ選び抜かれた液体が混然一体となった「サワー」は、ぐびぐびと喉を鳴らして飲みたい居酒屋のサワーとはまた別物。その見た目も愛でながら、バーらしくじっくり味わいたい。
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五