四条河原町からすぐの街中にありながら、誰もが初めて訪ねるときは少し迷う。googleマップが「先導してくれる」にも関わらずだ。路地店の多い京都の中でも、特別にひっそりとした住宅街の一角に、探してでも訪ねたい「お酒と食事 うり」はある。
「お酒と食事 うり」は、2018年11月にオープンした飲み屋だ。いや、料理の味で言うと割烹、店の雰囲気から見れば小料理屋だろうか。決して気取らず媚びず、飄々とした佇まいは名居酒屋のそれ。開店からわずか10ヶ月で、なぜ、そんな空気感を醸せるのか。その答えは、店主の“もんちゃん”こと上門邦彦さんにある。
私がもんちゃんに出会ったのは、彼が以前、料理長を務めていた煮込み店だった。煮込み店と銘打っているのに、おでんのだしが淡麗で旨い、気の利いた小皿の造りがでる。ちょっとした肴で酒が進む店だった。
何より驚いたのはぬか漬けで、ひと口食べて「ただものじゃない」と。だが、彼はいたって自然体で、「このぬか漬け抜群やわぁ」と言う私に、「そうですか?毎日、触ってますからねぇ。ああ、野菜がいいんですよ」とはにかんで言う。奢らない姿に一挙にファンになった。
そんなもんちゃんが独立して自分の店を開くと聞き、すぐに足を運んだ。清潔で簡素。あくまでも普通に美しい店に、「やっぱりなあ」と腑に落ちた。この人は、ただ直向きに料理で人を楽しませたいのだと勝手に納得したからだ。だが、本当のところはわからない。多くを語らない人なので、「身の丈に合った店にしただけ」と言う。
以前、彼の素性を知りたくて、「ところで、もんちゃんはどこで修業したん?」と聞いてみたことがあった。返ってきた答えは、なんと、名料亭や名割烹だった。「なんでそれ言わへんの?」と尋ねると、「どこで修業したかは、重要じゃないんで」的な言葉が返ってきた。確かに、どんな名店で修業を積んだかよりも、いまどんな料理を出すかが大切だ。
定番は、一年を通して味わえる“おでん”。150円から。簡素な“ポテサラ”。そして、私が何をおいても必ず頼む“ぬか漬け”は350円。本当に、こんな値段でいいのと言いたくなるが、ありがたいので心の中で感謝する。生ビール550円とポテサラ、ぬか漬け、おでんをふたつ注文して1,500円。もちろん、私はハイボールや日本酒もどんどん飲むからそんな値段ではおさまらない。だが、ちょっと立ち寄って一杯だけ、なんていうのもいいものだ。
とはいえ、本日のおすすめ料理も味わいたい。造りは盛り合わせならひと切れずつ数種。一品で注文しても、小皿に数切れ。分量の加減も抜群なのだ。ひとりなら、同じ肴でじっくり飲むのもいいが、あれこれ食べたいとも思ってしまう。酒呑みの気持ちも、食いしん坊の気持ちもわかってくれる。そのあたりの加減は、自分の好みを伝えれば、応えてくれるから心配ない。「アジフライ3個」や「造りは人数分」なんていうリクエストも大丈夫。だが実際は、3人で行くと、こちらからお願いしなくても造りや揚げ物は人数分で出してくれるのだけれど。
オープンして今日に至るまで、「教えたくない」と思いながらも、何人かをこの店に連れて行った。すると彼ら彼女らは、必ずリピーターになる。私がクドクドとこの店の良さを語らなくとも、行けばわかるということか。
料理は基本、もんちゃんひとりでつくるから、出てくるまでに少し待つこともある。忙しそうにしていたら、お酒を注文しづらいこともある。けれど、そんなゆったりした時間を楽しめることを「いい感じ」と思わせてくれる店なのだ。
――つづく。
文:中井シノブ 写真:竹中稔彦