石原壮一郎さんの青春18きっぷ行き当たりばっ旅。
ままならない青春が名古屋と松阪の間にあった。

ままならない青春が名古屋と松阪の間にあった。

石原壮一郎さんの青春旅は、いよいよ目的地の三重県が迫ってきました。名古屋駅から松阪駅までの時間を携帯アプリで調べたら約2時間。長い乗車になりそうだと思っていたら、石原さんは言いました。「実は1時間ちょっとで行ける路線があるんです!」。

ついに三重県へ突入!

「青春18きっぷの旅なんですから、やっぱりJRの普通列車にこだわったほうがいいんじゃないでしょうか」
「カワノ君、気持ちはわかる。気持ちはわかるんだけど……」

ちょっと時間を巻き戻します。青春18きっぷで東京から故郷の三重県松阪市を目指しつつ、青春を探す旅。フレッシュ系若手編集者のカワノ君とおにぎり大好き写真家のサカモトさん、そして私の「青春3人組」は、豊橋駅から名古屋駅に向かう電車の中にいました。

時刻表

15時12分に名古屋駅に着いて、天ぷらが揚げたてという噂の立ち食いきしめん(噂は本当でした!)を食べたあと、どうやって松阪駅に向かうかを相談しています。JRの普通列車に乗って松阪に行くとなると、関西本線で亀山駅に向かって、そこで紀勢本線に乗り換えるわけですね。時刻表をパラパラパラ。
亀山駅に行く列車は1時間に1本しかなくて、乗れそうなのは16時14分発の快速かな。きしめんをゆっくり食べても、30分ぐらいは持て余しそうです。亀山駅に17時18分着。17時25分発の紀勢本線の普通列車に乗り換えて、松阪駅に着くのは18時15分。名古屋から2時間、池袋駅を出発して12時間ですね。まあ、それはいいんですけど。

松阪市や伊勢市の人たちには、名古屋への行き帰りで、亀山経由でJRを使う発想はありません。推定8割以上が近鉄(近畿日本鉄道)の特急(高いけど早くて快適)か急行(安くてそこそこ早い)で、残りは今回の主役である「快速みえ」です(石原総研調べ)。
「出発前に青春18きっぷを使う人用の乗り換えサイトで調べたら、名古屋の先は亀山経由のルートが出てきました」
カワノ君は誇らしげです。編集者として手回しの良さは大切だけど、まんまとネットの落とし穴にはまっていますね。しょせんネットでは杓子定規で一面的な情報しか拾えません。
名古屋駅から松阪駅には、基本はJRの路線を通りつつ、一部の区間だけ第三セクターの伊勢鉄道の路線を通る「快速みえ」が走っています。所要時間は近鉄特急並みに短縮されて、料金は近鉄特急よりもリーズナブル。1990(平成2)年にこれが登場したときは、それまでいっさい感じたことがなかった「JRのヤル気」を少し感じました。

快速みえ
快速みえ

「実は『快速みえ』という列車があってね。それだと15時37分に名古屋駅を出て、16時50分に松阪駅に着けるんだけど」
もともと青春18きっぷの旅ですから効率や時短は二の次だし、体力もまだまだ大丈夫です。ただ、松阪のとある店で想い出のアレを食べる心づもりでいて、18時15分着だと店が閉まってしまうかも……。あえて閉店時間は調べませんけど、開いていたとしてもその時間に行くと迷惑度が高まります。何にせよリスクが大きいと言えるでしょう。

説得の結果、カワノ君も「快速みえで行きましょう」と言ってくれました。青春には妥協も必要です。私たちは誰しも妥協しながら人生を歩んできたし、これからもそうでしょう。追加料金の510円は、青春や人生のほろ苦さを味わうためのコストです。

車窓

乗り込んだのは、2両編成の車両のいちばん後ろ。まっすぐに伸びる線路や広がる田園風景がよく見える「快速みえ」の特等席です。特等席の最前列で静かに興奮しているのは3人の少年たち。ドアの横に立つ美しいご婦人が、やさしいまなざしで少年たちを見つめています。
「お孫さんとご旅行ですか」
サカモトさんのひと言をきっかけに、旅は道連れな展開となりました。孫2人と友達を連れて信州をまわるツアー旅行に参加して、これから津市の自宅に帰るのだとか。ご婦人と子供たちの満ち足りた表情から、夏休みのいい想い出ができたであろう様子が伺えます。連れて行ってもらうほうも嬉しいし、連れて行くほうも幸せですよね。

風景

津市が鰻の町って知ってました?

名古屋駅を出てしばらくすると、列車は木曽川にかかる大きな橋を渡ります。この向こうは三重県。東京、神奈川、静岡、愛知を経て、三重県に到着しました。川を越えたところにあるのが、三重県桑名市長島町(2004年までは桑名郡長島町)です。
「このへんは伊勢湾台風のときには……」
「そうやねえ。あのときは……」
60年前の1959(昭和34)年の伊勢湾台風で、大きな川にはさまれた旧長島町は全域が水没し、多数の死者・行方不明者が出ました。とくにあの台風を経験した世代の三重県民にとって、名古屋から桑名に行くまでに大きな橋を続けて超えることや、平坦な土地に田んぼが広がるこのあたりの景色は特別な意味を持ちます。
ご婦人は当時まだ子供でしたが、津の町も広い範囲で床上浸水になったこと、大人たちから長島や名古屋の被害の様子を聞いたことなどを話してくれました。

ご婦人

「快速みえ」は、その名のとおり快調な速度で走り続けます。世間話も快調に広がります。ご婦人が住む津市は、実は鰻が名物。かつて総務省の「家計調査」で、都道府県庁所在市及び政令指定都市の中で、鰻のかば焼きの年間支出額が日本一になったことがあります。人口比で日本一鰻屋が多い都市という調査結果もあるとか。
「私らはそんなもんやと思てましたけど、たしかにお客さんが来たり家族でお祝いしたりするときは、だいたい鰻ですね」
津市には、おいしくて安い鰻の名店がたくさんあります。皮がパリッとしている関西風の焼き方が主流。私が生まれ育った隣りの松阪市も、たぶん津市ほどではないものの、鰻は「ちょっとハレの日の食べ物」として身近な存在でした。
そういえば子供の頃、実家の近くの路上でビニール袋に入った大きな鰻を拾ったことがあります。近所にたくさんあった養鰻池から、どこかに運ばれる途中で"脱走"したのでしょう。「このままでは鰻が!」とあわてて持って帰って、家族や近所の人とおいしくいただきました。

鰻がそのぐらい身近な存在だったことを示すエピソードということで、細かいことはスルーしてください。もう時効だし。
昨今、鰻はいろいろたいへんな状況にあるようです。難しい問題が解決して、何も考えず素直にそのおいしさを味わえる日が早く来ますように。

ご婦人と子供たち

津駅に到着しました。ご婦人と子供たちとは、ここでお別れです。彼らの将来の夢は、サッカー選手やゲームクリエイターなど。おばあちゃんや周囲に見守られながら、これからもすくすくと育っていくことでしょう。
考えてみたら青春時代や子供時代は、親や周囲に見守られ支えてもらっているありがたさなんて、ぜんぜん気づいていませんでした。青春を探す旅で、過去の未熟な自分に出会った気分です。そのときはそれでいいんですけどね。さあ、次の停車駅は、ついに松阪駅です。

車内

――慟哭の第九回につづく。

文:石原壮一郎 写真:阪本勇

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石原 壮一郎(コラムニスト)

1963年、三重県松阪市生まれ。大学時代に作成したミニコミ誌が注目を集めたことをきっかけに、雑誌編集の道に進む。1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でコラムニストデビュー。シリーズ累計50万部を超す大ヒットとなる。以来、日本の大人シーンを牽引。2004年に上梓した『大人力検定』(文芸春秋)も大きな話題を呼び、テレビやラジオ、ウェブ、ゲームソフトなど幅広い展開を見せた。2012年には「伊勢うどん友の会」を結成し、2013年に世界初の伊勢うどん大使に就任。2016年からは松阪市ブランド大使も務める。近著に『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]』(ワニプラス)、『本当に必要とされる最強マナー』『大人の人間関係』(ともに日本文芸社)などがある。