夏の疲れを吹き飛ばすような、トマトの旨味と刺激的な辛味が融合するカクテル、ブラッディマリー。トマトジュースとウォッカのおなじみの一杯に宿る「EST!」らしさとは?
ウォッカとトマトジュースのカクテル、ブラッディマリー。シンプルなようでいて、タバスコやウスターソースを入れるレシピもあれば、セロリをマドラー代わりに差したり、バジルを添えるバーもある。トマトジュースを蛤のエキス入りのクラマトにすればブラッディシーザー、ベースのスピリッツがジンになればブラッディサムというカクテルになる。
ちなみにカクテル名は、数多のカクテルブックには、16世紀の英国女王で300人ものプロテスタントを処刑したメアリー1世の異名から付いたという説が載っている。
だが諸説ある。ブラッディマリーが生まれたとされるパリの「ハリーズ ニューヨーク バー」の常連だった女性客のマリーが、トマトのカクテルを飲んでいたことからこの名が付いたという説もある。
「EST!」のブラッディマリーは、見た目はシンプルでいて、ちょっとひねりがきいている。
ひと口飲めばピリリと爽快な刺激がはしる。味わいはスパイシーで、香草のような香りもする。
その秘密は、ベースのウォッカと加えるスパイスにある。
マスターの渡辺昭男さんは、ベースとなるウォッカに粒胡椒を漬け込んでいるのだ。
「もう40年ほど前ですが、テレビを見ていたら、ロシアの家庭でウォッカに粉胡椒をたっぷり入れているシーンが映っていたんです。初めて見たものですから、驚きましたね。僕はそれを粒胡椒に変えて、ブラッディマリー用のベースにしたらどうかと思ったんです」
挽きたてを加えるのではなく、長く漬け込むことで、胡椒の辛味と香りが引き出され、キリリと引き締まった味わいになるというのだ。
もうひとつのポイントは、セロリパウダーをバースプーン1杯ほど加えることだ。
香草のような風味の正体はこれだったのか。
「セロリパウダーは粉だけで味わうと、ほのかに青臭くほろ苦いのですが、トマトジュースと合わせるとトマトの青臭さが消えて飲みやすくなるんです」
シェイクをするバーもあるが、「EST!」では簡単に混ざるのでシェイクをするほどもでないという理由で、ビルドというグラスに次々注いでいくスタイルで仕上げていく。
そして、85歳になるマスターの話にちょっと驚いた。
「数年前には、胡椒の量を1.5倍に変えたんです。より刺激的な味になるかと思いまして」
さらに、こんな言葉も。
「コーヒーもウォッカに浸けてみました。コーヒーはオリジナルでブレンドしています。ストレートで飲んでもいいですし、甘味を加えてブラックルシアンというカクテルにしても喜ばれます」
いくつになっても枯れることのない探求心。それが一杯のカクテルをよりおいしくするのだ。
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五