東京は荻窪にある「らーめん ねいろ屋」は無化調、無添加を貫くラーメン店であるが、実はマニアも一目置く、かき氷の名店でもある。2013年頃からラーメン業界に広まりつつある“ラーメン+かき氷”という新潮流は、この店から始まった。
「らーめん ねいろ屋」は、2012年2月にオープンした。店主の松浦克樹さんは元ミュージシャン。彼の出身地である瀬戸内産の食材をふんだんに使ったラーメンと、手づくりシロップ&ソースの本格かき氷を提供している。
「え、ラーメン屋でかき氷?」と思うかもしれないが、ラーメンとかき氷は、もはや業界では珍しくない組み合わせ。「らーめん ねいろ屋」は、その草分け的存在なのだ。
「なんで、ラーメン屋でかき氷を出そうと思ったかって?もちろん、僕が、かき氷好きだからですよ(笑)」
松浦さん曰く、出身の愛媛県は“かき氷先進県”なのだとか。
「子どもの頃はそれが普通だと思っていましたが、今になって思えば、地元には、通年でかき氷が食べられるお店がとにかくたくさんありました。近所のお好み焼き屋さんにもかき氷が置いてあったし、一年中、おやつにかき氷を食べていた思い出があります」
上京後も音楽活動の傍ら、かき氷を食べ歩いていたが、谷中のかき氷専門店「ひみつ堂」に立ち寄ったことがきっかけで、生来の探求心がうずき出す。
「おいしいものを食べると自分でもつくりたくなってしまう性分なんです。『ラーメン店を始めるなら、かき氷も一緒に』という構想は、開業前から描いていましたね。でも、愛媛ならいざ知らず、ここは東京。かき氷文化が今ほど浸透していなかった7年前に、真冬の2月からかき氷を販売する勇気はさすがになく……。結局、暖かくなる5月まで待つことにしたんです」
オープンから3ヶ月後に、晴れてかき氷の提供を開始した。
とは言うものの、かき氷店や菓子店での修業経験がまったくないため、最初は家庭向けのレシピ本を参考にしながら、見様見真似でソースやシロップをつくっていたそうだ。
「当時のラインナップは、確かグレープフルーツとキウイ、イチゴミルクの3種類だったかな。あの頃は、フルーツも産地から取り寄せたものではなく、スーパーで買ってきたものを使っていました。そうしたらある日、フルーツに詳しいお客さんが、『サワーチェリーでソースをつくってみたらおもしろいんじゃない?』と教えてくれたんです。『どんな食材なんだろう?』と現地に足を運んで見に行ったのがきっかけで、すっかりフルーツの魅力に引き込まれてしまいました」
その後、松浦さんが考案したピスタチオのかき氷が斬新と話題になり、「らーめん ねいろ屋」の存在は、かき氷マニアの間でも知られるようになっていく。
「『ピスタチオのかき氷があったらおもしろいよな』と思いついたものの、肝心のピスタチオシロップをどうつくったらいいか、まったくわからず……。担々麺に使う芝麻醤(チーマージャン)の要領で開発したことはここだけの話です」と、松浦さんは苦笑する。
口に入れた途端、濃厚なピスタチオフレーバーが溶けて広がるこの名物かき氷は、ピスタチオのジェラートからヒントを得てつくられた。ピスタチオのペーストを牛乳で伸ばし、砂糖などを加えてつくる特製のシロップは、隠し味に塩を加えて味を引き締めている。さらに、シロップの上から酸味を効かせたイチゴソースをかけて、味にコントラストをつけるのが松浦さん流だ。
「水分が少なく、粘度のあるものは氷と絡みにくいので、シロップにすることが多いですね。ソースとシロップを組み合わせる時は、甘いもの×酸っぱいもの、甘いもの×苦いもの、といった具合に味のベクトルが異なるものを組み合わせるようにしています」
味に緩急がついているので、山盛りの氷も飽きずにぺろりとイケる。
全国各地からフルーツを取り寄せているため、夏場は7~8種類(時期によってはもっと!)、冬場でも5種類ほどのフレーバーを展開している「らーめん ねいろ屋」のかき氷。年間で数えると100種類近い味が入れ替わりで登場するというから、聞いて驚く。
「松浦さん、いないなぁと思ったら、突然店にフルーツの宅急便が届いたり、冷蔵庫を開けたら見知らぬフルーツが入っている、なんてことはしょっちゅう。『ああ、これでソースをつくれということですね?』と心の中で、毎度叫んでいます」
果物の加工を担当しているスタッフの海後育恵さんが、松浦さんにまつわる“あるある話”を披露してくれた。
全国各地からさまざまなフルーツを仕入れている松浦さんだが、何よりも“酸味”を大切にしている。「甘味は後から砂糖でいくらでも足せるが、そのフルーツが持つ固有の酸味は唯一無二のものであり、後から絶対に加えることができない」と考えているからだ。せっかくの酸味がぼやけてしまうので、ソースをつくる時に水は使わない。砂糖も最小限と決めている。
「同じレシピでつくっていても、お客さんもフルーツの味に慣れてくるのか、だんだん『甘い』と言われるようになってくるんですよ。僕自身が飽きてしまうということもありますが、同じフルーツを使っていても、1年前と同じつくり方をしているソースはありませんね」
砂糖の量は極力減らしているが、糖分が入っていないと口どけが悪くなってしまうので「そのバランスが難しい」とも。
「『頭をキーンとさせないためには、氷の温度を高めにするのがいい』という人もいますが、うちの場合はラーメンを食べた後のクールダウンとしてかき氷を提供しているので、氷はあえて冷たくしています。それに、ラーメンをつくっている横でかき氷をつくるから、冷たくしておかないと溶けちゃうんですよね」
ソースの仕込み方もフルーツによってさまざま。たとえば、定番メニューとして提供している香川県三木町産の“女峰”は、旬の時期に大量に仕入れてイチゴを冷凍保存。つくり置きはせず、こまめにソースを仕込んでいる。一方、杏のように収穫期間が短いものは、生のフルーツをソースに仕立てて、短期間で一気に売り切る。
「桃のように収穫期間が長いものは、その都度、農家さんから仕入れて品種リレーをしています」
桃の旬は、6月末~9月上旬。12もの品種が入れ替わりで登場するので、食べ比べてみるのもおもしろいだろう。
この日食べた中でナンバーワンを選ぶとしたら、個人的には、“マルミツ農園の桃”に一票。この日ソースに使われていたのは“白鳳”。桃を皮ごと煮ているので、とにかく香りが華やかなのだ。スプーンを口に運んだ瞬間、その素晴らしき薫香に思わず頬がゆるんでしまった。桃の味がとにかく濃い。香料などの添加物を使わずに、この味が出せるなんて天才かよ!
ちなみに、同行の男性陣である、カメラマンと担当編集者のスプーンは“あんずミルク”に集中。ミキサーにかけず果肉をとろりと残したあんずソースは酸味が強めながら、甘いカスタードシロップがかかった氷とのメリハリが絶妙である。ほかのフレーバーに手を伸ばしても、またすぐにこの皿へと戻っていくふたりを見て、「あんず女子を目指さねばなぁ」としみじみ思ったのだった。
姉妹店の「ねいろや 神保町店」でしか食べることのできない名物かき氷があると知り、迷わず足を伸ばしてみた。
その名は“あんバターサンド”というらしい。ネーミングを聞いて勝手にサンドイッチを想像するも、まさかのコッペパンスタイルの盛り付けで出てきて、思わず笑ってしまった。氷の隙間にはこぼれんばかりの小豆がぎっしり詰められている。すごい迫力だ。わたしには、もはやラグビーボールに見えた。
スプーンを口に運んで二度びっくり。氷を食べているはずなのに、なぜか本当にバターサンドの味がするではないか。バターの味だけでなく、パンの味もするから実に不思議である。固めに炊き、塩気を効かせたホクホクの北海道産小豆もまたはっとする旨さ。これは“あんこ”というよりは“塩豆”という感覚の方が近いかもしれない。甘い氷を食べた後にしょっぱい小豆、そしてまた甘い氷……と、何かにとりつかれたかのように無限に手が伸びてしまう。ダメだ、スプーンが止まらない。
運ばれてきた時は、「さすがにちょっとボリュームがありすぎるかな」とたじろいだものの、早々に前言撤回している自分がいた。
ラーメンにも劣らない評判を誇る「らーめん ねいろ屋」のかき氷。
「当初は暑い時期だけの期間限定販売のつもりが、お客さんから『やめないで』という声をたくさんいただいて……。秋になったらやめるつもりが、10月いっぱいまで、11月いっぱいまで、12月も……と延長を繰り返しているうちに、1年が経ってしまいました」
ラーメン屋であるにも関わらず、夏の時期ともなると、今や1日に100杯以上のかき氷が売れる。
「冬の寒い時期は売り上げが落ちますが、100杯分、200杯分のかき氷は突然つくれない。だから、冬の間もかき氷づくりのトレーニングを続けなければいけないんです」
結局、オープンから7年以上が経った現在も、「らーめん ねいろ屋」では、かき氷を通年で販売している。
文:松井さおり 写真:徳山喜行