愛とラーメンのバラード
その店主、変態につき~トッピングの巻|「拉麺酒房 熊人」⑤

その店主、変態につき~トッピングの巻|「拉麺酒房 熊人」⑤

長野県上田市にある「拉麺酒房 熊人(くまじん)」のラーメンは実にシンプル。でも、そのシンプルの裏には、驚くほどの手間ひまが隠されている。最終回となる今回は、細部まで決して手を抜くことのない“トッピング”のお話。

完成までに3週間かかる、自家製の燻製チャーシュー。

「拉麺酒房 熊人(くまじん)」のラーメンはとてもシンプルに組み立てられている。基本の“醤油拉麺”で使うのは、スープと再仕込み醤油、みりん、鶏油のみ。たれは使わない。旨味を湛えた天然醸造の再仕込み醤油そのものがたれの代わりとなる。スープを構成するものも銘柄鶏の鶏ガラとモミジ、そして最高級のサバ本枯れ節と宗田本枯れ節だけ。引き算の考え方で、厳選した食材の旨味を最大限に引き出すのが、店主・小合沢健(こあいざわたけし)さんの信条だ。

では、「熊人」のラーメンは素材頼みの“手を掛けない”料理なのか、というとそれは違う。たとえば、自家製麺で使う小麦の一部を自家製粉するなど、見えない部分に驚くほどの手間ひまが掛けられているのだ。トッピング類もまた然り。たとえば、チャーシューの仕込みを見てほしい。

肉の処理
肉のまわりに付いた皮の部分はきれいに削ぎ落とす。脂の部分もほぼすべて取り除く。
肉の処理
感触を確かめながら、肉の中に残った骨も丁寧に取り除いていく。

「熊人」では、豚の内モモ肉を燻製にして提供している。使用するのは、地元・上田で育った信州SPF豚“信州太郎ぽーく”。
「豚肉を一番おいしく食べられる調理法を追求した結果、行き着いたのが燻製でした」

最小限の火入れだからこそ“豚本来の旨味”を表現できると考えたそう。冷凍ものは燻製にするとドリップが出ておいしさが逃げてしまうので、肉は必ず生の状態で仕入れている。
「目指しているのは、チャーシューという名の半生ハム。煮豚が合うラーメンもあるけれど、うちのラーメンにはこれが一番合うと思っています」

肉の処理
余分な部分を取り除き、磨かれた内モモ肉。血合いや筋もきれいに取り除く。

良質な穀物を食べて健康的に育った“信州太郎ポーク”は臭みがなく、甘味や旨味に富んだ銘柄豚。それでも、「届いた物をそのまま調理しても、おいしくはならない」と小合沢さんは話す。
「脂や筋の部分は燻製にすると割れて不格好になってしまううえ、食感的にも邪魔になるので、下処理の段階で徹底的に取り除いて肉を磨きます」

同じく、皮の部分が残っていると噛み切れないので、ここもきれいに取り除く。さっきまで大きかった塊肉があっという間に3分の2ぐらいの大きさになってしまった。なんという歩留まりの悪さ!

肉の処理
味付けは塩・コショウのみと超シンプル。大量にふって肉を塩漬けにする。
肉の処理
塩漬けにした肉をタコ糸で縛り、形成する。
肉の処理
塩漬けの状態のまま1週間冷蔵庫で熟成させる。
肉の処理
1週間が経過したら塩抜きをして、肉を乾かす。

冬場は5時間、夏場は4時間ほどかけて80℃ほどの温度でじっくり燻していく。チップを入れてからは30分ほど。
「燻製機から出した後、さらに冷蔵庫で2週間ほど熟成させるのですが、ある程度ジューシーさが残っていないと旨味が熟成されていかないんですよ。理想の仕上がりは半生のハムです」

それにしても、この作業にたどり着くまでに1週間もかかったというのに、完成にはさらに2週間も要するなんて!

燻製
手づくりの燻製機に、1週間塩漬けにして熟成させた肉をぶら下げていく。
燻製
使用するのは桜チップ。最後の30分で投入する。
燻製
表面がこんがり燻され、美しく色づいた内モモ肉。
燻製
冷蔵庫の中で2週間、晴れてトッピングとなる日を待つチャーシューたち。
燻製
提供の際は、フライパンでさっと表面を焼いてから提供。鶏油を塗って焼くことでジューシーさが蘇る。

小松菜の仕込みも手抜きなし!

取材を進めていると、「今から小松菜の仕込みを始めますよ」と声を掛けられた。「ラーメンの上にのっている小松菜なんて、ただゆでているだけでしょう?」と思ったら大間違い。たかが小松菜、されど小松菜。小合沢さんは、箸休めの小松菜でさえも決して手を抜かないのである。

小松菜の処理
まずは塩を入れた湯の中で、10~15秒ほどさっとゆでる。
小松菜の処理
ゆで上がった小松菜。予熱で火を入れる。

ゆで時間はかなり短めだけど、塩茹でするところまでは想定内。予熱でやわらかくした小松菜を早速切り揃える……のではなく、小合沢さんはおもむろに小松菜の感触を手で確かめ始めた。
「すじすじしている部分や外側のしわしわしている部分はおいしくないので捨ててしまいます」
なんと小松菜の一本一本を観察しながら、おいしくない部分を、見て触って確かめていたのである。

小松菜の処理
よく見ると、根元の部分がしわしわになっているのが分かる。こういった部分は食感の邪魔になるので使わない。
小松菜の処理
あれよあれよという間にいらない小松菜でシンクがいっぱいに。「熊人」では、小松菜も相当歩留まりが悪い。
小松菜の処理
小合沢さんの厳しいチェックを勝ち抜いたおいしい部分だけが、晴れてトッピングとなれる。ちなみに、やわらかい葉の部分もトッピングには適さないので賄いにしているそう。

「葉っぱの部分はぐちゃぐちゃになってしまうのでトッピングには使わないと決めています」
小合沢さんは、味だけでなく、見た目の美しさもまたとても大事にしている。でも、これで完成じゃあない。
「スープの味が薄まってしまうのが嫌なので、小松菜はおひたしにして使っているんですよ」
味付けをするので小松菜自体の味のブレも気にならず、一石二鳥なのだとか。

小松菜の処理
みりんと淡口醤油を合わせたたれで味付けする。
小松菜の処理
鰹節粉をまぶし、ひと晩なじませたらようやく完成。
小松菜
こちらが完成形の小松菜。表面にうっすらと鰹節の粉がかかっているのが見える。

生涯忘れ得ぬ、メンマの仕込み風景。

マニアックなまでにこだわりを貫く小合沢さん。話を聞けば聞くほど、深きラーメン愛が伝わってくるが、私が「この人、本物の変態だ!」と確信したのは、何を隠そうメンマの仕込みを見せてもらった時だった。もう6年以上も前のことだけど、あの時に見た衝撃の光景は未だに忘れることができない。だって、トッピング用にカットしたメンマを1本ずつ包丁で手剥きしていたのだから。

乾燥メンマ
乾燥メンマを3日間かけて戻す。カットしてからもう1日戻すので硬めに戻すのがポイントだ。
乾燥メンマ
メンマももちろん感触をチェック。硬い部分は、小松菜同様迷わず捨てる。

使用するのは乾燥メンマ。
「手間はかかるけれど、乾燥メンマじゃないと、自分の好きな硬さに戻せないから」
ここでもこだわりは健在だ。3日かけて戻したメンマの感触を入念にチェックするのも忘れない。この時に、ざらざらとした部分や節にあたる硬い部分があれば、すべて捨ててしまう。
驚くべきは、“やわらか過ぎる”部分も捨ててしまうということ。
「メンマは音を食べるもの、味わうもの。シャキシャキ、コリコリという食感がなければ、ラーメンにおけるメンマの役割はないと考えています」

「1つ1つのパーツに存在感がないと意味がない」という言葉を聞いて、小合沢さんがチャーシューや小松菜の仕込みにも驚くほど手をかける意味が理解できた。

メンマの処理
余分な部分を取り除き、トッピングで使用する太さにカットした乾燥メンマ。

さて、ここからが“変態”の真骨頂。メンマの一番外側に当たる“皮”の部分を1本ずつ包丁で剥いていくのだ。これまで何百というラーメン店を取材してきたけれど、ボールいっぱいに盛られた何千本?というメンマを1本ずつ手剥きするというクレイジーな光景には今まで出合ったことがない。恐らくこれからも、きっと出合うことはないんじゃないかな。だって、こんな手間のかかること、普通の人は絶対にやりたがらないから。

メンマの処理
包丁で皮の部分切り込みを入れ、スーッと手で剥いてく。簡単そうに見えて技のいる作業。
メンマの処理
黙々と作業を続ける小合沢さん。普段は1週間分のメンマの皮剥きを2、3人で行っている。「それでも1時間はかかりますね」。
メンマの処理
取り除かれた外側の皮の部分。この部分が残っていると、噛み切れなかったり、口の中に筋が残ったりするのだとか。

それにしても、なんでこんな面倒なことを始めようと思ったのだろう?
「『美味しんぼ』のご飯対決の回でね、“お米の粒の大きさを1粒ずつ揃えて炊く”っていう回があったんですよ」って真顔で返されたけど、いやいや、あちらは漫画の世界ですから! “海原雄山”(「美味しんぼ」の登場人物で、小合沢さんが敬愛する北大路魯山人がモデルといわれる)が絶賛したという調理法を、まさかメンマの仕込みに取り入れてしまうなんて。

「この作業をすることで、どのメンマを食べてもシャキシャキのおいしい食感に仕上がるんですよ」

ね、このラーメン店主、やっぱりただ者じゃないでしょう?

醤油拉麺
定番の“醤油拉麺”770円。「残されたら悲しいので、焼き豚、メンマ抜きはそれぞれ50円引きで提供しています」。ちなみに、ナルトも静岡の由比「いちうろこ」から直接仕入れる無添加ナルト。旨味調味料・完全無添加の1杯となっている。
カウンターの日本酒
カウンターの奥にずらりと並んだ地酒。その横に、魯山人が描いたビール瓶の絵画がさりげなく飾られている。

――その店主、変態につき|「拉麺酒房 熊人」 了

店舗情報店舗情報

拉麺酒房 熊人
  • 【住所】長野県上田市上田原1588‐4
  • 【電話番号】0268‐26‐1713
  • 【営業時間】11:30~14:00頃(売り切れ仕舞い)、18:00~20:30(L.O.)
  • 【定休日】月曜、火曜
  • 【アクセス】上田電鉄別所線「赤坂上駅」より13分

文:松井さおり 写真:平松マキ

松井 さおり

松井 さおり (ライター・編集者)

大学時代にラーメンの食べ歩きにハマる。新卒で勤めた出版社でラーメン担当を任されて以来、ラーメン店取材がライフワークに。仕事とプライベートを合わせると、年間300杯近くを実食。電話帳の1/3はラーメン店主、体の半分くらいは多分ラーメンでできている。