TOKYO蕎麦めぐり。
蕎麦がきが教えてくれること。

蕎麦がきが教えてくれること。

日本で栽培されている蕎麦の種類や、在来種、熟成のことが知りたい。5種類の蕎麦がきを食べ比べながら、蕎麦の“今”を東十条「一東菴」の吉川邦雄さんに聞きました。蕎麦の陰に隠れた、蕎麦がきの印象がガラリと変わります。

蕎麦がきはキャラが濃い!

「一東菴」で、めくるめく蕎麦がきの食べ比べがスタート。店主の吉川邦雄さんによれば、力強い、ワイルド、高い香り、滋味、繊細……蕎麦の持つ個性をダイレクトに感じられるのが、蕎麦がきの魅力だそうです。

東京の蕎麦をめぐるふたり

ほしひかる

ほしひかる

佐賀県佐賀市出身。豊かな知識とわかりやすい解説でビギナーからツウまで幅広く支持される、蕎麦界の博覧強記。偏愛蕎麦屋は両国「江戸蕎麦 ほそ川」。江戸の蕎麦の通人を表す民間の資格「江戸ソバリエ」認定委員長であり、深大寺そば学院講師や「武蔵国そば打ち名人戦」審査員も務めている。共著に『休日の蕎麦と温泉めぐり』『江戸蕎麦めぐり』(ともに幹書房)がある。

NOMA(ノーマ)

NOMA(ノーマ)

佐賀県佐賀市出身。ファッション雑誌からラジオのパーソナリティまで幅広いジャンルで活躍中の人気モデル。生態学者である日本人の父とシシリア系アメリカ人の母を持ち、佐賀の大自然に囲まれて育つ。ライフワークは蕎麦と植物と宇宙。江戸蕎麦は原宿「玉笑」と両国「江戸蕎麦 ほそ川」がフェイバリット。蕎麦打ちにも興味津々。VOGUE JAPAN WEBで「モードな植物哲学。」を連載中。TOKYO FM「東京プラネタリー☆カフェ」でパーソナリティを務める。

NOMA
お蕎麦の種類って日本にどれくらいあるんですか?
ほし
農林水産省に登録されている品種が200種近くありますが、在来種も含めたら300以上でしょう。実際に使われているのは、その半分から3分の2以下だと思います。吉川さんがストックしている蕎麦の資料を見せてもらうと、扱っている品種や蕎麦の産地がきちんと整理されていて、研究熱心ぶりに感心しますね。
蕎麦
パッケージに小わけされた3種類の蕎麦の製粉前と製粉後。蕎麦愛が溢れた貴重な資料。
吉川
上段の右と真ん中が、埼玉県三芳町の平成28年の“秋蕎麦”3年熟成です。下段の右と真ん中が茨城県久慈郡水府村の“焼畑”。左のふたつは平成30年の栃木県益子町の“常陸秋蕎麦”。それぞれ製粉前と製粉後です。
NOMA
焼畑農法は真っ黒。緑色でも微妙に違いますが、いつも蕎麦の実のどこを見るのですか?
吉川
一番は色味ですね。平成28年度の三芳の“秋蕎麦”は3年越しできれいな緑色がキープされているのが嬉しいですね。時間が経つとどうしても色が浅くなってしまうので。
NOMA
最近、「熟成」はホットなキーワードですよね。熟成させるとどうなりますか?
吉川
深みが出ます。味の出方は蕎麦や収穫年にもよりますが、味の余韻が変わってくるんです。大きさを選別した粒をそのまま食べてみて、「あっ、これいけるかな」「ねかせてもこういう味が出るかな」というものは残して保存しておきます。三芳の3年熟成は5.0という上から2番目の大きさの粒を残して、真空状態でねかせておいたんです。
ほし
貴重なとっておきを出していただいたんですね。“焼畑”も珍しいですよね。山の斜面を燃やして土壌をつくり種をまくという、水田が伝わる前の縄文式農法です。さて、どんな味がするのかな。
話す3人
ほし
「一東菴」のもうひとつの楽しみが、蕎麦がきの食べ比べ。私はいつも蕎麦と蕎麦がきの食べ比べを頼みます。蕎麦がきが3種類以上あるお店はほかにありませんが、吉川さんにとって蕎麦がきの魅力とは何でしょう?
吉川
蕎麦がきはゆでないので味が一番ダイレクトにわかると思います。蕎麦に仕立てるまでは最終的に人の手がたくさん触れますが、蕎麦がきはすぐできる“練り物”なので、素材の味がよくわかる。僕としても表現がしやすいです。
NOMA
注文ごとに蕎麦をかくそうですが、強火で一気に練り上げるから重労働。腱鞘炎になることもしばしばなのだそうですね。
ほし
蕎麦の香りが飛んでしまうため、時間との勝負。水の追加もできませんから、蕎麦粉の特徴を把握して水加減を見極めないといけない。究極にシンプルゆえに奥深い料理と言えますね。ほかに“焼き蕎麦がき”や“創作蕎麦がき”が出る日もあるんですよね。どこまでも真剣勝負な人だから、「これ以上メニューを増やしたら死んじゃうかも」って(笑)
NOMA
どこまでもピュアでストイックな蕎麦愛……泣けちゃいます。
注文ごとに蕎麦を挽くところからスタート。しゃもじは蕎麦の神様が祀られている、茨城県常陸太田市にある「東金砂神社」のもの。
蕎麦がきは「強火で手早く」。フライパンに蕎麦粉と水を入れ、強火で一気に練り上げる。
ガタガタガタガタ、ぐるぐるぐるぐる。ひたすら蕎麦をかく姿は修行僧のごとし。吉川さん曰く「蕎麦粉と会話しています」。
水分がほどよく飛んで“もったり”まとまれば完成。3分ほどだが、エネルギーを一気に使う重労働。
きれいな蕎麦色に仕上がった。笠間の陶芸家である阿部誠さんの器に盛る。「蕎麦の産地の近いところを」という想いから、器はすべて笠間焼の同年代の作家3名に特注。すべては蕎麦愛。
ほし
吉川さんがこれから5種類の蕎麦がきをかいてくれます。内訳はこの通り。4、5枚目は、たったいま、蕎麦農家の船津正行さんによって届けられたばかりです。

① 埼玉県三芳町の“28年熟成”の粗挽き
② 栃木県益子町の“常陸秋蕎麦”細挽き
③ 茨城県の“焼畑の水府在来”手挽き
④ 埼玉県三芳町の“キタミツキ”粗挽き
⑤ 埼玉県三芳町の“レラノカオリ”粗挽き

埼玉県三芳町28年熟成の“粗碾そばがき”1,188円。パンに似たナッツ感とむちむちした食感が印象的。「粗挽きは三芳が不動です」と吉川さんは話す。
栃木県益子町“常陸秋蕎麦”の“微碾そばがき”1,188円。蕎麦湯に落ちているタイプは生醤油が合う。
茨城“水府在来”の“焼畑 手碾きそばがき”1,350円。数量限定、提供できない曜日あり。ねっとりとして野趣的な滋味深い余韻。
“キタミツキ”の“粗碾そばがき”1,188円。甘みが強く、上品で余韻が長い。素直なおいしさ。バランスの良い優等生タイプ。
埼玉県三芳町“レラノカオリ”の“粗碾そばがき” 1,188円。センセーショナルなほどにワイルドな香りと味。20年ぶりの霜の被害に負けなかった貴重な生き残りを使用。
ほし
まずは1皿目。三芳“28年熟成”の粗挽きです。
NOMA
少しお米に近い香りと奥にナッツ感を感じます。この粗挽き感、とっても好み。粒の歯ごたえが素晴らしい。
ほし
荒々しい感じが「蕎麦」という感じです。
吉川
2皿目の益子“常陸秋蕎麦”は、蕎麦をダイレクトに味わってほしいので細挽きで蕎麦湯に落としました。
NOMA
ひたひた系ですね。感触が柔らかで、初めて出合うお蕎麦の味。スプーンでとろりとした蕎麦湯を飲みたい。3枚目は茨城“焼畑の水府在来”の手挽き。風味豊かで、鼻に残る香りのインパクトが一番です。海老などの天ぷらを乗せて、丼ものみたいにして食べても負けなさそう。「在来種」はその土地ならではのオリジナル品種ということですよね。パンチがあって蕎麦の野性味をあじわえるので面白いです。
ほし
1皿目、2皿目のワイルドな舌触りと比べると目立たないけれど、これだけじっくり食べるとソフトでじわっとした味わいを感じます。これが“焼畑”の底力か。
NOMA
次は“キタミツキ”の粗挽き。ご飯を炊いた湯気のような香りがして、とても甘い。余韻が長くて上品ですね。
ほし
たしかに甘いですね。アーモンドの風味もします。バランスが良くて安定感があります。さて、最後は令和初収穫の“レラノカオリ”。アイヌ語で「風の香り」。洒落た名前ですよね。北海道の在来種に近いものを品種改良しているそうです。味わいも濃くてパンチがあって、ぶちぶちとした食感も面白い。豆類みたいな青っぽい香りと余韻があります。
NOMA
きれいな緑色。青みがかった香りとナッツ感を感じて、余韻が長い。最初に食べるとほかが霞んじゃうくらい印象が強いです。お箸が止まらない。吉川さんもお好きなんですって。

ここは蕎麦のワンダーランド!

5つの蕎麦がきを試食した2人、果たして“ベスト・オブ・蕎麦がき”は?

NOMA
それぞれの個性が見事で甲乙つけがたいですが、私はパンチの効いた“レラノカオリ”が衝撃的でした。食べながら香りが鼻に入ってくるタイプと余韻が長いタイプで、味が大きく違いました。舌の訓練になりますね。
ほし
私もトータルでは“レラノカオリ”です。2皿目の益子の“常陸秋蕎麦”の細挽き粉のソフトな食感にも驚きました。それにしても、5つの食べ比べは貴重ですよ。吉川さんが「僕もなかなかやらないです」って(笑)。
蕎麦がき
蕎麦がきは、まずはそのまま味わってから、醤油、藻塩、山葵をお好みで。
ほし
今日はまさに蕎麦漬けの1日。さすがの私も1週間分ぐらい食べた気がします(笑)。蕎麦屋が蕎麦農家と一緒に蕎麦について考えたり、生産者同士が情報交換をして実験的な試みをしたり、お酒づくりと似た感覚で蕎麦を遊んだり。まだまだ進化する、蕎麦の頼もしい伸びしろを感じました。「一東菴」は、やはり蕎麦界のトップを走ってますよ。
NOMA
「里山を大事にしたい」という吉川さんの言葉が心に残っています。里山の風景を蕎麦で表現したいんだと。蕎麦や蕎麦がきの食べ比べは、土を食べ比べするようなものなんですよね。一度に食べ比べてみて、蕎麦の青みやパンチを思いきり感じさせてくれるワイルドタイプが、私は好きだと改めて感じました。
ほし
まさに蕎麦マニアのためのお店ですよね。
NOMA
「一東菴」は“蕎麦のワンダーランド”ですね!私の中のお蕎麦屋さんナンバー1が更新されました。おまけに自家製蕎麦スイーツもあるなんて、一度では味わい尽くせないですね。このアツく贅沢な食べ比べ体験を求めて、東十条へまた来ちゃいそうです。
ほし
どこまでも抜かりなし。
そばがきクリームぜんざい
“そばがきクリームぜんざい”864円。自家製粒あんとマスカルポーネアイスがそばがきの滋味にそっと寄り添う。和スイーツ。
集合写真
「一東庵」店主の吉川さんを中心に、本日の記念撮影。左に蕎麦農家を営む船津正さんと、店主と共に店を切り盛りする吉川千賀子さん。蕎麦談話はいつまでも尽きません。

店舗情報店舗情報

一東菴
  • 【住所】東京都北区東十条2-16-10
  • 【電話番号】03-6903-3833
  • 【営業時間】11:45~14:00(L.O.)、18:00~20:00(L.O.)、火曜、水曜は昼のみ、祝日は12:00~15:00(L.O.)
  • 【定休日】日曜、月曜、祝日不定休
  • 【アクセス】JR「東十条駅」より2分

文:森本亮子 写真:本野克佳 ヘアスタイリング:河原里美

森本 亮子

森本 亮子 (編集者・ライター)

1980年兵庫生まれ、東京・錦糸町界隈に生息。出版社の雑誌編集を経てフリー9年目。肉(偏愛部位はハラミとクリ)、酒、下町酒場、イタリア、盆栽が好き。