ミントとライムの圧倒的な清涼感で、夏の定番カクテルとして知れ渡るようになった、モヒート。「EST!」のモヒートは、張りがあって香り高いミントをふんだんに使う。このミントには、バーの黎明期を走り抜けてきたマスターらしい物語があるのだった。
夏の定番カクテル、モヒート。その名前は、アフリカのブードゥー教の「MOJO」に由来し、スペイン語で「麻薬や魔術の虜」「軽い魔法」「魔力のあるお守り」といった意味を持つ。
清涼感溢れる飲み口からは、ちょっと意外な名前の由来である。
タフな酒好きだったヘミングウェイは、ダイキリ同様にモヒートも相当に飲み込んでいた。キューバの首都・ハバナにあるレストラン「ボデギータ・デル・メディオ」の壁には、彼のこんなサインが残されている。
我がモヒートはラ ボデギータで、我がダイキリはエル フロリディータで。
死ぬまで飽きずにこのカクテルを飲み続けたことを考えると、この清涼な味わいの酒は、むしろ魔力的に人を惹きつける力を持っているのかもしれない。
カクテルの誕生は、1500年代後半のこと。英国女王・エリザベス1世公認の海賊、カリブ海を暴れまわったフランシス・ドレイクの手下、リチャード・ドレイクがつくった“ドラケ”に端を発すると伝わる。サトウキビの蒸留酒、壊血病を予防するためのライムジュース、そしてミントを混ぜ合わせたものだ。
これが、1920年からのアメリカの禁酒法時代になると、キューバに滞在したアメリカ人がよく飲んでいた“ミント ジュレップ”を手本に、現地のレストランなどでバーボンウイスキーを地酒のラムに変えて飲まれるように。カリブ海に浮かぶキューバのハバナや、ジャマイカのキングストンで大流行したのだった。
「EST!」にモヒートが登場するのは、ゴールデンウィーク明けの初夏の風が吹く頃から。ミントが安定して手に入れられる今、モヒートを通年提供するバーは多い。でも「EST!」は9月末頃までと、時季が限られている。
つくり方も特徴的だ。
材料を混ぜ合わせ、氷とともにステアしてつくるレシピがよく知られているが、「EST!」はしっかりシェイクして混ぜ合わせる。
そしてなんといっても、「EST!」のモヒートが客の舌を惹きつける大きな要素は、ミントの生命力溢れた芳香。その惜しげないたっぷりの量にほかならない。
マスターの渡辺昭男さんが言う。
「モヒートに使うミントは、開店間もない45年ほど前から僕が育てているものです。提供するのは、香りのいい時季だけです。僕が店を開いた1973年の頃は、東京を歩いて探し回っても、ミントの種も苗もありませんでした。そこで、ニューカレドニアへ行くというお客様に、もしミントがあったら買ってきてほしいとお願いしたんです。ミントを買うことはできませんでしたが、ミントの茎一本だけをポケットに入れて持ち帰ってくれました。僕はそれをすぐに自宅のベランダのプランターに植え、丹念に手をかけました。するとミントは根を付け、芽を出し、どんどん株を増やしていったんです」
「ミントは多年草ですから、冬でも枯れることはありません。でも葉は小さくなるし、香りも弱くなってしまいます。せっかくお出しするなら、香りの強い、青々としたものをたっぷりとグラスにうめてお出ししたい。それで、モヒートの提供する時季を限っているんです。ミントが元気のいい時季だから、つぶさずとも叩くだけで清涼感のある香りが漂います。シェイクするのは、お酒や搾りたてのジュースをしっかり冷やしたいからです」
「一度だけ、天候が不順でミントが枯れてしまいそうな年がありましたよ。でも今は大丈夫。もう40個ほどにもなるベランダのプランターには、元気のいいミントが茂っています。おかげで我が家のベランダはミント専用。もう何十年もプランターで埋め尽くされていますけどね」
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五