「EST!」のカクテルブック
清涼な魔力の酒"モヒート"|「EST!」のカクテルブック9杯目

清涼な魔力の酒"モヒート"|「EST!」のカクテルブック9杯目

ミントとライムの圧倒的な清涼感で、夏の定番カクテルとして知れ渡るようになった、モヒート。「EST!」のモヒートは、張りがあって香り高いミントをふんだんに使う。このミントには、バーの黎明期を走り抜けてきたマスターらしい物語があるのだった。

カリブの海賊が生み、「魔術」の名を持つカクテルである。

夏の定番カクテル、モヒート。その名前は、アフリカのブードゥー教の「MOJO」に由来し、スペイン語で「麻薬や魔術の虜」「軽い魔法」「魔力のあるお守り」といった意味を持つ。
清涼感溢れる飲み口からは、ちょっと意外な名前の由来である。
タフな酒好きだったヘミングウェイは、ダイキリ同様にモヒートも相当に飲み込んでいた。キューバの首都・ハバナにあるレストラン「ボデギータ・デル・メディオ」の壁には、彼のこんなサインが残されている。

我がモヒートはラ ボデギータで、我がダイキリはエル フロリディータで。

死ぬまで飽きずにこのカクテルを飲み続けたことを考えると、この清涼な味わいの酒は、むしろ魔力的に人を惹きつける力を持っているのかもしれない。

モヒート
「EST!」でモヒートが飲めるのは、初夏から9月末頃まで。

カクテルの誕生は、1500年代後半のこと。英国女王・エリザベス1世公認の海賊、カリブ海を暴れまわったフランシス・ドレイクの手下、リチャード・ドレイクがつくった“ドラケ”に端を発すると伝わる。サトウキビの蒸留酒、壊血病を予防するためのライムジュース、そしてミントを混ぜ合わせたものだ。
これが、1920年からのアメリカの禁酒法時代になると、キューバに滞在したアメリカ人がよく飲んでいた“ミント ジュレップ”を手本に、現地のレストランなどでバーボンウイスキーを地酒のラムに変えて飲まれるように。カリブ海に浮かぶキューバのハバナや、ジャマイカのキングストンで大流行したのだった。

育て続けて45年。ミントをたっぷりと!

ミント
ミントを両手で軽く叩いて香りを出す。
ミント
ミントの葉は叩いたのみでつぶさず、たっぷりと入れる。

「EST!」にモヒートが登場するのは、ゴールデンウィーク明けの初夏の風が吹く頃から。ミントが安定して手に入れられる今、モヒートを通年提供するバーは多い。でも「EST!」は9月末頃までと、時季が限られている。

つくり方も特徴的だ。
材料を混ぜ合わせ、氷とともにステアしてつくるレシピがよく知られているが、「EST!」はしっかりシェイクして混ぜ合わせる。

ラムは、2~3年オーク樽熟成を経た原酒をブレンドしたものを使用。軽やかなコクが生まれる。
ライムジュース20mlをシェイカーへ入れる。
続けて、ラムの“バカルディ ゴールド”20mlをシェイカーへ入れる。
砂糖微量を加える。
バースプーンでよくかき混ぜる。
氷とともにシェイクする。ミントを入れたグラスに注ぎ、ソーダで軽くアップする。

そしてなんといっても、「EST!」のモヒートが客の舌を惹きつける大きな要素は、ミントの生命力溢れた芳香。その惜しげないたっぷりの量にほかならない。

マスターの渡辺昭男さんが言う。
「モヒートに使うミントは、開店間もない45年ほど前から僕が育てているものです。提供するのは、香りのいい時季だけです。僕が店を開いた1973年の頃は、東京を歩いて探し回っても、ミントの種も苗もありませんでした。そこで、ニューカレドニアへ行くというお客様に、もしミントがあったら買ってきてほしいとお願いしたんです。ミントを買うことはできませんでしたが、ミントの茎一本だけをポケットに入れて持ち帰ってくれました。僕はそれをすぐに自宅のベランダのプランターに植え、丹念に手をかけました。するとミントは根を付け、芽を出し、どんどん株を増やしていったんです」

マスターの渡辺昭男さん
マスターの渡辺昭男さん。現在はリハビリ中で、バーは息子の宗憲さんが守っている。

「ミントは多年草ですから、冬でも枯れることはありません。でも葉は小さくなるし、香りも弱くなってしまいます。せっかくお出しするなら、香りの強い、青々としたものをたっぷりとグラスにうめてお出ししたい。それで、モヒートの提供する時季を限っているんです。ミントが元気のいい時季だから、つぶさずとも叩くだけで清涼感のある香りが漂います。シェイクするのは、お酒や搾りたてのジュースをしっかり冷やしたいからです」

モヒート

「一度だけ、天候が不順でミントが枯れてしまいそうな年がありましたよ。でも今は大丈夫。もう40個ほどにもなるベランダのプランターには、元気のいいミントが茂っています。おかげで我が家のベランダはミント専用。もう何十年もプランターで埋め尽くされていますけどね」

――つづく。

店舗情報店舗情報

EST!
  • 【住所】東京都文京区湯島345-3 小林ビル1階
  • 【電話番号】03-3831-0403
  • 【営業時間】18:00~24:00
  • 【定休日】日曜
  • 【アクセス】東京メトロ「湯島駅」より1分

文:沼由美子 写真:渡部健五

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沼 由美子(ライター・編集者)

横浜生まれ。バー巡りがライフワーク。とくに日本のバー文化の黎明期を支えてきた“おじいさんバーテンダー”にシビれる。醸造酒、蒸留酒も共に愛しており、フルーツブランデーに関しては東欧、フランス・アルザスの蒸留所を訪ねるほど惹かれている。最近は、まわれどまわれどその魅力が尽きることのない懐深き街、浅草を探訪する日々。