宮崎県都城のおでん屋「雨風」を訪ねた。夏は、秋冬の盛りより種の数も注文も落ちるとはいえ、おでん鍋は静かに湯気を昇らせている。そこへ、賑やかな団体客がやって来た。先までの静けさを打ち破り、次々とおでんが座敷へ運ばれていくのだった。
先までの静けさと打って変わり、団体客の到来で店内はにわかに活気づいた。
奥の座敷で「乾杯」の声が上がると、目の前を次々とおでんが運ばれていく。
まずは、店主の野村英樹さんから「おでんのつゆを始めにどうぞ」と、つゆのみが供され、続いて、茶色く煮込まれた物体が次々に盛られてく。
あれが「豚ナンコツの味噌煮」だろうか。
真っ黄色の辛子の色が映え、実に旨そうである。
英樹さんがせっせと多種のおでん種を皿に盛り込み、奥さんの史絵(しえ)さんが運んでいくと座敷から歓声が上がる。
そのお供はというと、宮崎らしく焼酎が定番だ。なにせ宮崎県は、芋や麦など本格焼酎の出荷量で、鹿児島県を押さえて2018年の時点で4年続けて日本一になっている(29年7月~30年6月の平成29酒造年度)。都城は、その立役者である銘柄「霧島」の地元であり、聞けば座敷の宴会客はまさにその霧島酒造の社員たちなのであった。
それは、焼酎も進むわけである。
こちらも負けじと、気になっていたおでんを食べていこう。
まずは、都城おでんの定番、「おやし」と餅巾着、豆腐を。
だしは利尻昆布と鮪節。塩のみで調味してあり、塩味が抑えられた上品なつゆだ。
続いて、イタリアンロールキャベツと宮崎牛の牛すじを。
1個ずつのおでん種が大ぶりなのも、都城おでんの特徴だろう。
イタリアンロールには、宮崎牛と豚肉の挽き肉に、時間をかけて取った鶏のコンソメを使った手製のミートソースが包まれている。そこに、たっぷりとおでんのつゆを煮含ませおり、噛みしめる度に、じゅわりと口いっぱいに凝縮した旨味が溢れだす。
宮崎牛の牛すじは臭みや硬さやはまるでなく、ほどけるように口の中で溶けていく。
ここに焼酎のロックをぐびりといく。
合う!
キンと冷えた飲み口が、また次のおでんを誘う。
つみれとがんもはいずれも手製。この日は、5種の海老のつみれ(下写真の右)、真イワシのつみれ(左)、梅と大名筍のがんも(奥)をお願いした。
つみれは魚が新鮮でその力強い風味が冴え、噛むとはじき返すような弾力もいい。
そして待望の、豚ナンコツの味噌煮をいただく。
英樹さんが説明を添えてくれた。
「こちらはおでんとは別に炊いています。豚バラを取った後の骨付き肉の“ナンコツ”を使っています。まず2時間ほど下ゆでして、65年続く注ぎ足しの味噌だれにさらに白味噌、にんにく、生姜を加えて3日ほど味を煮含めます」
そもそもなぜ、豚のナンコツがおでんに入っているのか?
鹿児島県に近い都城は、江戸時代は薩摩藩だった。その影響で、薩摩の郷土料理である豚の骨付き肉の煮込みになじみがあり、おでん種にも加わるようになったのでは、という説がある。
こちらのナンコツは、肉の旨味がぎゅっと詰まった濃厚な味わいでいてほどけるような柔らかさ。
これぞ和のデミグラスソースとでも言いたくなる褐色の凝縮感で、これまた焼酎を呼ぶのであった。
多種のおでん種は、三代目となる英樹さんが考案したものと、祖母の代から店に伝わるものが融合したものだ。
店を継いだのは、2005年のこと。
英樹さんは、20代は海外を旅するバックパッカーとして過ごし、27歳で帰国。史絵さんと出会い、帰郷した。
はじめの3、4年は両親と店に立ち、見よう見まねで仕事を覚えた。
ランチをやっても、おでんだけでは夏場はどうしても客足が減ることもあり、「できる範囲でもっと遊んでしまおう」と、メニューをガラリと変える決意をした。
イタリアンロールキャベツや、クリームチーズ入りの宮崎地鶏の粗挽きつくねを加えたり、つみれやがんもも手づくりするように。
おでんつゆのだしさえも見直した。
「昆布をしっかり選び直しました。よりすっきりとした味にするために、鰹節の本枯節から鮪節にも変えました。自分がつくるようになるまでは、おでんはもっと単純なものかと思っていましたが、深めれば深めるほどおもしろい。もっとおもしろくなる可能性もあります」
おでん種は、秋冬ともなれば常時25種ほどを用意する。
その分類は大きく分けて3つある。
「スタンダードなもの、変わりダネ、季節物ですね。おでん鍋は、枠ごとに塩分の濃度を変えています。たとえば、5日ほどかけてしっかり芯まで味を煮含める大根は塩分薄めの枠に。脂分のしっかりした牛すじは塩分が濃い目の枠に、という具合です。しょっぱすぎてはいけません。たくさん食べられるのがおでんのいいところですから」
おやしにナンコツ。牛すじに手づくりつみれ。
都城ならではのスタンダードな種に加え、「雨風」で独自に進化した種も溶け込んでいた。
日本各地におでんはいろいろあれど、このおでんにも宮崎県都城ならではの郷土の味が映える。
都城へ行ったなら、ぜひとも食べておきたいものである。
幸い、「雨風」も「ジャングル」も、一年中いつだっておでんを出さない日はないのだから。
南国のおでん(了)
文:沼由美子 写真:小原太平