宮崎県の南西に位置する都城(みやこのじょう)では、特有のおでんが食べられているという。それも一年中。通年温暖な土地だというのに。そのルーツとなる、この街でもっとも古いおでん専門店「ジャングル」を訪ねた。
ところは九州。宮崎県都城(みやこのじょう)へやって来た。
九州の南西部、鹿児島県との境目に位置する町である。
通りのあちこちに植わる赤やピンク花にヤシやフェニックスの木。南国特有の湿度をおびた空気。ああ、ここは南国なんだなぁと疑う余地もない。
ところが、である。
都城ではなぜか独特のおでんが食べ継がれているという。
それも冬だけでなく、この気候にして一年中。
きっかけとなったといわれる、最古のおでん屋を訪ねた。
終戦後まもなく開店し、約70年続く店である。
名前は「ジャングル」という。
およそおでん屋らしからぬ店名は、初代が兵役として最後に配属されていたのが「ジャングルのような地」だったことから付けられた。
JR日豊本線の都城駅からすぐ。飲み屋が連なる路地に、誘蛾灯のごとき妖しい明かりが灯っている。「ジャングル」と彫られた木彫りの看板は魔境への入口のようである。
ところが、店内へ入ると様子は一変。
おだやかな店主、四代目の本野昌明さんがにこやかに出迎えてくれた。目の前には、堂々たるおでんの鍋。
めいっぱいのオールスターたちがお客を待ち構えている。
「いえいえ、これは一部です」と本野さんは笑いながら言う。
「うちのおでんの特徴は、“おやし”やキャベツといった野菜が多いこと。野菜は注文が入ったらさっと湯通しする程度に、おでんつゆにくぐらせるんです。じゃがいもは型崩れしますし、きんちゃくはとても入りきらないので同じ鍋にはいれていません。“ナンコツ”もはずせません」
“おやし”ってなに?
おでんにキャベツは入るの?
おでん鍋に入りきらないきんちゃくってどんだけ大きいのさ。
“ナンコツ”って軟骨? なんの肉の?
いくつもの「?」が頭の中を巡った。
勝手の違うおでん種事情に謎を抱えたまま、さっそく、盛り合わせを頼んでみた。
本野さんは大皿を手に、脇に置いた鍋からきんちゃく、じゃがいもを。おでん鍋からはピンク色がまぶしいかまぼこ、大根、東京では見かけない大きな肉の塊、そして湯通しするように投入したキャベツ、長い長い豆もやし、玉子、筍。さらに糸こんにゃく、ちくわ……と多彩なおでん種をひょいひょい盛り付けていく。
大皿はみるまに山盛りになった。
そこに、黄色くて香りの高い柑橘、日向夏の皮を大胆にすりおろした。
さすが宮崎。
冬には柚子を使うそうだけど、日向夏をふりかけるおでんは初めてである。
さぁ、いただきます!と箸を持ち上げたところに、一人のお客が鍋を抱えてやって来た。
「電話した者です。持ち帰りお願いします」
聞けば、こちらのお客さん。自身は来店するのは初めてだけど、今日集まる友人のなかに「ジャングル」のファンがいて、リクエストがあったのだという。
本野さんは慣れたもので、持ち込まれた鍋に、例の調子でどんどんおでん種を入れていく。
「冬場になると持ち帰りの鍋がカウンターにずらりと並びますよ(笑)。ひとつの鍋に4~5人前を入れると、鍋いっぱいにおでんをつくっておいても営業中の19時過ぎには売り切れてしまうこともあります。大晦日は持ち帰りのみの営業にしても、とても忙しいですよ」
重そうな鍋を友人の待つ部屋へと持ち帰るお客さんの背中を見送った。
さぁ、いよいよ、都城おでんいただきます!
――明日へつづく。
文:沼由美子 写真:小原太平