宮崎県都城(みやこのじょう)では、南国のような気候にして一年中おでんを提供する酒場「ジャングル」があり、戦後から長く愛されている。おでん種やつゆの味は、関東とも関西のものとも違うという。いよいよ、南国のおでんをいただきます!
大胆に、賑やかに、多彩なおでん種が入る盛り合わせをいよいよ食べてみる。
たっぷりと振りかけられた日向夏の皮の爽やかな香りがする。
小さく刻まれたねぎの青味も、添えた鰹節もいい塩梅だ。
蒲鉾の派手なピンク色が地味になりがちなおでんの皿を賑やかにする。
大根、ごぼ天、きんちゃく、玉子、筍、こんにゃく、昆布、ちくわ、糸こんにゃく、大きなじゃがいもも入り、軽く10種以上になるおでん種が盛り合わせてある。
まずはいちばん手前のキャベツをいただこう。
「キャベツは煮込まず、おでん鍋のつゆでさっとくぐらせて食感を残しています。箸休め的に食べてもよいと思います」と、四代目の本野昌明さんが教えてくれた。
シャクシャクとした食感!つゆの旨味が口中に広がる。「おでんにキャベツ?」と思ったけれど、柑橘の香りもあいまって、とてもいい!
続いて“おやし”なるものを。
それは長い長い豆もやしであった。
こちらも注文が入ってから、おでんのつゆで軽くゆでて供している。
ザクッと箸で持ち上げてモリモリ口に頬張る。こちらもまた、シャキシャキとした豆の食感がよく、おでんというより野菜を“さっと煮”にした煮物のようである。
冬はおやしでなく春菊に変わるそうで、それもまたおいしそうである。
“ナンコツ”と呼ばれるものは、豚の軟骨であった。「ジャングル」のおでんの一番人気だ。
噛みしめるとたやすくほろりと身は崩れ、じゅわりと旨味がしみ出してきた。
前の晩から水に浸け、油抜きと下ゆでをし、味をつけて煮込み、さらにおでんのつゆで煮てあり、提供できるまでに8時間も要するという。
味がしっかりしみていて、辛子ともよく合う。この豚ナンコツを種に丼で売り出したら、それだけで商売が成立しそうな味わいである。
「おでん鍋に入りきらないから別鍋で炊いてるんですよ」と本野さんが言っていたきんちゃくがこちら。
油揚げ一枚をまるまる使う大きさ。
巨大!
かんぴょうで結ばれたきんちゃくの中には、豚肉のミンチに餅、キャベツの芯、もやしがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
本野さんは、「ジャングル」と重ね合わせ、都城のおでんの特徴をこんなふうに語った。
「つゆはそれぞれの店によりますが、おやしやキャベツ、冬なら春菊といった他ではあまり見かけない野菜をたっぷり使うこと。ナンコツや牛すじといった肉類が入ることが大きな特徴ではないでしょうか」
この町の出身である本野さんが店を継いだのは、17年前の33歳のときのこと。
「ジャングル」のおでんを初めて口にしたのはまだ学生の頃で、知り合いが常連だったことから持ち帰ってきた「お土産」を食べたのだった。
「すごくおいしいと思いました。ゆずがしっかりふりかけてあるのがいいなって。縁があって、先代のママさんから店を継ぐことになったのですが、レシピはないし、分量を教えてくれるわけでもない。1年間、ママと一緒に厨房に立って味を覚えました」
こまめにつゆを足しながら、本野さんが店を継いだときのことを教えてくれた。
それまでは、地元を出て、岐阜県で和食の料理人として働いていた本野さん。苦労したのは、技術的なことよりもカウンターでの接客だったと言う。
「先代のママはとにかく元気な方で。『お客さんとのコミュニケーションが一番大事』と教えてくれました。それまで私は対面で仕事をすることがなかったので、最初のうちは慣れなくて隠れてましたよ(笑)」
店を継いでからも苦労はあった。
「引き継いだ1、2年目はいじめられましたね。『前と味が全然違う』って言われたり、ひと口食べて帰る方もいらっしゃいました。それでママに相談に行ったんです。すると、『お客さんの言うことを気にしすぎてもいけない。自分のやり方を貫いていきなさい』って。それから、好きな人だけに食べに来てもらえればいいと吹っ切れるようになったんです」
開業時から注ぎ足しているというつゆは、鰹と昆布のだしがベース。そこに、鶏ガラでじっくり取ったスープを足し、地産の甘口の醤油で味が調えてある。
都城は、牛・豚・鶏の合計産出額が日本一の土地。
そういった背景があって、おでん種にナンコツや牛すじが入ったり、だしに鶏ガラが入ったりと独自のおでんがつくり出されたのかもしれない。
たんまりとおでんと焼酎を堪能し、すっかり満腹になった。
でも忘れてはいけない〆がある。
20種以上のおでん種の旨味がしみ出たつゆを味わう〆といえば、雑炊(つゆで軽くご飯を炊き、玉子でとじる)か、否、汁かけ飯か(ご飯におでんつゆをかけたもの)。
迷いに迷い、ここはシンプルに汁かけ飯をお願いしよう。
まさに別腹。
満腹だったはずなのに、すとんとご飯がおさまった。
お腹をさすりさすりしていると、本野さんがこんなことを言う。
「もう一軒は行かれましたか?うちの方が数年早い開店ですが、同じく古いおでん屋があるんですよ」
その店の名は「雨風」。
「ジャングル」に「雨風」?
新たに登場したおでん屋に思いを馳せながら、会計を済ませる。
「あいがとがした!(ありがとうございました!)」。
おだやかな本野さんの威勢のいい声を背に、南国のおでんをさらに追うべく「雨風」に行くことを心に決めていた。
――つづく。
文:沼由美子 写真:小原太平