くるみ割りを、もう一杯。
中は少ないよりも多い方がいいに決まっている。

中は少ないよりも多い方がいいに決まっている。

森下くるみさんの連載が始まります。さて、渋谷で気の置けない酒場となると、はて、どこだろう。森下さん、一軒の大衆割烹を挙げます。その心は。いい感じの佇まいに、酒呑みのハートをぐわしっと掴んで離さない中の量。

いまはもう1杯目から終わりまでホッピーでいい。

久々に会う友人から、ごはんでも行こうと誘われたり、仕事相手から打ち合わせがてら食事でもと提案されることがある。お店は特に決まっておらず、集合時間は18時前後で新宿、渋谷辺り、ほどほどの値段でゆっくりできるところ――そういうとき、わたしは渋谷駅からほど近い大衆割烹の「恵」をおすすめしている。
馴染みの店だとか常連客だとかそんな感じではないけれど、10年ほど前に友人に連れて行かれ、それ以来、多いときで月1回、少なければ年1回、つかず離れずの頻度で飲みにいく場所なのだ。

外観

入口にかかった藍色の暖簾をめくり、引き戸を開ける。刺身用のショーケースや大鉢に入った煮物を目の前にするカウンターと並行して、壁沿いに2人掛けのテーブル席が置かれ、奥には4~5人用の席がある。
さらに進んでいくと、お客がキープしている焼酎の一升瓶がずらずらっと並ぶ座敷席に辿り着き、めっぽう広いスペースに「わー、どの辺に座ろうかなあ」とあちこち視線をやれば、生ビール、ホッピー、ハイボールのポスター、画鋲で貼りつけたメニューの紙などが目に入る。
座布団に腰をおろしてほっとひと息……すでに居心地がいい。

店内

注文する飲み物は決めてある。黒ホッピーセット。初めてこのお店にきた頃は、とりあえず生ビールかレモンサワーにしようかなあとか言っていた気がするけれど、いまはもう1杯目から終わりまでホッピーでいい。
ほどなくしてホッピーの瓶(外)と焼酎(中)の注がれた氷入りのジョッキが運ばれてくるが、驚くのが、中の量。「恵」の中は7割を超えた大盛りで、初めてこの量を目にしたときは、「忙しくてうっかり手がすべっちゃったのかな……?」と思ったものだ。

中が多い

が、7割は普通で、多いと9割近くまで入っている。こうなると2cmくらいしか外を注げない。
ジョッキから溢れそうな恐怖の黒ホッピーのうわずみを啜って、「こ、濃いぃ」とまた少し外を注ぎ、うわずみ啜って「まだ濃い……」を繰り返していると、大酒呑みのわたしでもさすがに酔いが回ってへらへらし始めるのだが、ホッピー愛好家としては、心底嬉しいひとときである。
中は少ないよりも多い方がいいに決まっているし、「ホッピー中の量が多い」のはその店の魅力のひとつだ。

外を注ぐ

ホッピーを飲んだことのないという人に、何がそんなにいいのかと聞かれると返答に困る。
味……いや、甲類焼酎をビールテイスト炭酸飲料で割ったホッピーは「不味くはない」が、「ものすごく美味しい」というわけでもない。
焼酎とビールのいいとこどり……もしていない。わたしは好きだけれど。とにかく、飲み慣れない人には悪酔い必須のお酒な気がして、安易にすすめられない。

――つづく。

店舗情報店舗情報

  • 【住所】東京都渋谷区道玄坂1‐13‐2
  • 【電話番号】03‐3464‐1413
  • 【営業時間】16:00頃~24:00頃
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】京王線「渋谷駅」より1分、JR・東京メトロ「渋谷駅」より3分、東急線「渋谷駅」より5分

文:森下くるみ 写真:金子山

森下 くるみ

森下 くるみ (文筆家)

1980年、秋田県秋田市生まれ。2008年、小説現代2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。著作に『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)、『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)。ポエジィとアートを連絡する叢書『未明』に「食べびと。」を連載中。映画、旅、飲食についてのコラム多数。