茶飲み話に花が咲く。時が経つのを忘れてしまう。居心地がいいんだね。常連さんたちが楽しそう。お裾分けもいただいて、飲んだり食べたり笑ったり。そろそろ、陽が落ちる前にお暇しましょう。もちろん、お土産を買ってね。
「冨士家」の店内にはひとり、またひとりと常連さんが集まり始めていた。目の前のおしるこをじっと眺め、「あ……?おれ、頼んだのかなァ」というご老人に、お母さんが「え~、そうよ、おしるこって言ったわよー」と朗らかに笑う。そのご老人と相席したシャキシャキした話っぷりの方は十数年来の常連で、85歳とのこと。冨士家のお孫さんも加わり、団欒の店内である。
写真家の金子山さんがクリームみつまめとクリームあんみつで悩んでいる。みつまめとあんみつの違いは「餡があるかないか」で、値段の差は20円だ。ならばクリームあんみつかなぁ(貧乏性)。
ほどなくしてクリームあんみつが運ばれてきた。表面には扇状に盛られたカットリンゴのほか、みかんにバナナにキウイにとフルーツが勢ぞろいし、丸いバニラアイスが鎮座する。下には自家製つぶ餡と寒天がぎっしり。お母さん曰く、「寒天ね、美味しいでしょう。テングサ(天草)でつくってるところから仕入れてるの」。
そう、寒天がすべてテングサからつくられているわけではないのを、わたしはこのとき初めて知った。世の主流は「オゴノリ」という紅藻の1種に人工的な処理を加えてつくった粉末寒天(扱いやすいので大量生産に向く)で、これは厳密にテングサ原料でない。天然のテングサも、粉のオゴノリも共に「海藻類」として分類・表記され、結局は「寒天」と呼ばれてしまう。国産のテングサも輸入に押され生産量が下降しているらしいとなれば、冨士家のあんみつの丸みを帯びる食感のテングサ寒天は貴重な体験となろう。
コーヒーを飲み干す頃、お店のお母さんが身内の方にもらったという黄色の果物を手にやってきた。沖縄のスターフルーツだ。独特の形をしているためどうやって食べたらいいかわからないのだという。スマートフォンなど持たないお母さんに代わって対処法をネット検索して端的にお伝えしたら、3分後、「はい、どうぞ~」と1cmの厚さにカットされた星形の果物が登場。喫茶店内にいる人たちで南国の果物を試食した。「びみょー」と叫ぶお孫さん。金子山さんや常連男性たちも「変わった味だねぇ」と煮え切らない表情。寝不足で顔がむくんでいたわたしは「カリウム摂取」と、酸味のあるきゅうりといった南の果物を好んで食べた。
薄型テレビでから国会中継が流れている。ちょっとでお暇するつもりが居心地が良くて2時間経ってしまったが、最後にショーケースの方へ回った。ずっとお客さんが途切れず、和菓子やおせんべいを購入していたのを店内からも見ていた。わたしのお土産はみたらし団子×3(1本80円!)だ。
外のショーケース越しにお母さんと少し話をした。息子さんやお孫さんはいるけど、人生を決めるのはそれぞれで、もし和菓子店を継ぐ人がいなければ……ということだった。
「でも、やっぱり人の集まる場所って大事なのよね。常連のお客さんが歌って、わたしも大正琴をペンペンとね弾いたりしてるんだけれど。うっふっふ、良かったら聴いていく?」
麗しい琴の音を聴いたらさらに2時間滞在してしまうので、また次回にと泣く泣く辞退した。帰り際に見せたお母さんの大輪の笑顔に、女優の山本富士子さんや『男はつらいよ』に出演したマドンナたちを悠々超える輝きを見たが、お芝居のお仕事をされていたのかな。野暮なこととはいえ、お伺いし忘れたのが悔やまれる。
――おしまい。
文:森下くるみ 写真:金子山