森下くるみさんの連載4回目は、甘味喫茶へ。酒、酒、酒と続いたシリーズも、今回はアルコールなし。甘い誘惑には抗えず、酒より団子。午後のひとときをたゆたう時間に身を任せながら、ゆったり過ごす悦びよ。
総武線・東中野駅西口改札から真っすぐ進んで、小さなロータリーに出たら、視線をちょいと右奥へ。山手通りの向こうに「東中野ギンザ通り」という商店街のゲートが見える。
入口付近にあるのはコンビニエンスストア、チェーン飲食店、不動産屋と“駅前あるある”な風景だが、ゲートをくぐって10秒もすればその土地ならではのお店が次々と目に入る。
「Le Jardin Gaulois(ル・ジャルダン・ゴロワ)」はフランスのお惣菜と洋菓子を売るお店だ。店頭にシューケットラスクの試食があったので、ひとかけらつまむ。
以前に知人から窯焼きピザが絶品でコスパも良いと聞いた「ピッツェリア チーロ」を気にしつつ、町中華の「十番」の前を通り過ぎた。ここも「タンメンが美味いんだよねー。いつも混んでるけど」と友達に教えてもらった。あらゆるお店に立ち寄りたい衝動を抑えて歩いていくと、「やきとん てるてる」の素朴と今風の間にある店構えに親近感をおぼえ……まったく、商店街は酒好きにとって魔境だ。
個人商店と大手スーパーマーケット、ドラッグストアなどが並ぶ細道は、早稲田通りにぶつかるまで300mほど続く。ゆっくり歩いて5分かかるか、かからないかというところだ。もう間もなく出口かなという頃、左側に「喫茶室 冨士家」の看板が現れた。
そう、ここが今回の目的地。喫茶スペースへの扉と和菓子のショーケースがひとつの軒の下にある。
この喫茶室を見つけたのは数年前、散歩をしている途中だった。子供の日が近かったので柏餅をふたつ買って帰ったのだけれど、普段は和菓子を口にすることの少ないわたしでも、「えっ」と驚いてしまうほど美味しく、それをずっと覚えていた。
昨年末、息子を連れて正月用の切り餅を買いに来たら、同じくお餅が目当てらしき人たちと列をつくったっけ。そういえばdancyu webの打ち合わせもしたことがある。
喫茶スペースには祖母宅の居間を思わせる愛らしい小物たちが壁や棚の上のオブジェになっている。手づくりの物も既製品も無造作に置かれているように見えるが、掃除が行き届き、長年大切にされているのだなぁと思った。
ホットコーヒー、紅茶にはお団子が一本つく。注文の際には、お店のお母さんから「みたらしか、あんこ。どうなさいます?」と快活に聞かれるのでどちらか選ぼう。
みたらしの餡は“砂糖醤油味の蜜”といった風味。焼き目のついた餅がふわふわで……。あんこも存分な水分を含んでいて瑞々しい。コクと酸味のバランスが絶妙なコーヒーとの相性は最高だ。
いろいろと食べてみようということでお赤飯を注文したら、湯気の上がるお野菜たっぷりのお吸い物が付いてきた。野菜の旨み、出汁、塩加減、柚子の香り。溜め息を漏らすほどホッとして、思わずじっくり味わってしまう。
お赤飯も食べ応えがある。通常なら振りかけたごま塩が味付けとなるのだろうし、我が家も年末にお赤飯を炊いたときにはそうしたけれど、冨士家さんのお赤飯は米の一粒一粒がすでに塩気を含んでいる。したがって味にムラがない。なるほどなるほど、これは参考にしよう。紅生姜と甘辛の昆布に箸をつけ、またもち米とお吸い物に戻ると、先にお団子をひと串食べ終えていたこともあり、たちまちお腹がいっぱいに。
――つづく。
文:森下くるみ 写真:金子山