「㐂寿司」の車海老の特徴は、ほんのり甘いおぼろを酢飯と鮨種の間に忍ばせて握ることである。さらにそのおぼろを多めに握る「唐子づけ」という握りがあるという。それはどんな鮨なのか?
握る時は海老の頭の部分のミソと、やはり芝海老で作ったおぼろをかませる。天然の車海老は大きく身が厚いので、ひと口で食べることができない女性客には、包丁で「トンッ」とふたつに切って供する。人形町はもともと「芳町(よしちょう)」と呼ばれる花柳界だっただけに、客筋には芸者も多くいた。その名残なのだという。
その海老を口へ運ぶ。ゆでることで引き出された車海老の甘味と、上等な主菓子のようなおぼろの上品な甘味が、酢飯の酸とあいまって何とも品のある味わいが広がる。
「㐂寿司」では車海老の握りとは別に同じ車海老でも“さいまき”と呼ばれる小さな海老を使った「唐子づけ」という独特の鮨がある。
これは「㐂寿司」の創業者である初代の油井㐂太郎さんが、関西の細工鮨にヒントを得て考案した「㐂寿司」の伝統の逸品だ。
四代目の油井一浩さんが言う。
「ゆでたさいまきに包丁を入れ、おぼろと一緒に握るのです。最後に海老の尾っぽをあしらうのですが、その姿が帽子をかぶった中国の“唐”の時代の“子ども”の髪型に似ていることから“唐子づけ”と呼ぶようになったそうです」
唐子づけはかませるおぼろの量が、通常の車海老の握りよりも多いので、その風味が口いっぱいに広がる。
そもそも江戸時代、おぼろは酢の酸味を和らげる効果と、魚の旨味を補う役割があった。皮を剥いてゆでた芝海老をミートチョッパーにかけてペースト状のすり身にする。それに砂糖、みりん、塩を加え、大鍋で焦げないように火を調整しながら、およそ40分かけて煎りあげる。車海老のほか、小肌や小鯛を握るときに、酢飯と種の間にわさびとともに噛ませるのだ。
同じ握りでも、ゆで海老が車海老そのものの食感、身の甘さを堪能する鮨であるならば、唐子づけは海老の華やかさ、品の良さを楽しむ鮨だ。
かつて「㐂寿司」には旦那衆が集うお座敷への出前が絶えなかった。そんな時、まぐろ、鯛、穴子と肩を並べて車海老が盛り込まれた。出前の盛り込みには華やぎが求められる。そこに車海老の鮨があるだけで、パッと座敷が華やかになったという。
「運がよければ東京湾でとれた正真正銘の江戸前の“はたらき”に出会えるかもしれません。これから8月いっぱいが旬ですね」
夏の鮨はこれだからたまらない。
そして、次回は真冬のまぐろと並ぶ「㐂寿司」の二大看板。盛夏に旬を迎える江戸前の穴子の登場だ。
――つづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿