鮨種の中でもひと際華やかな彩りを添える車海老。鮮やかな紅白の縞模様は、ネタケースの中でも、つけ台に差し出されても、鮨桶に入っていても、ぱっと目を引き付ける。ことに天然ものは縞模様がくっきりと映え、風味も身の厚みも格別なのだという。
涼しげなガラスのネタケースに整然と並べられた鮨種の中でも、車海老は最初に客の目を射る華やかさがある。その鮮やかな“赤”は、歌舞伎の時代物でほどこされる化粧、隈取(くまどり)のようだ。
実際、車海老の縞模様は、魚河岸で「くまどり」と呼ばれ、その赤は、躍動感のある若々しい強さを象徴するのだという。
同じ日本料理でも懐石や割烹に比べると色に乏しい鮨において、車海老の目の覚めるような赤は、江戸の昔からハレの日やめでたい席には欠かすことができない特別な食材だった。
東京の下町の路地を朝顔が彩る夏。「㐂寿司」では“はたらき”と呼ばれる天然の車海老が入荷する。
なぜ、天然の車海老は“はたらき”と呼ばれるのか。
魚河岸の人にたずねると「そりゃ、自分で働いて餌を食べるからでしょう」と返された。
つまり、私たちが普段、口にしている車海老は、人が与えた餌を食べて大きくなる養殖物なのだ。なんとも江戸っ子らしい洒落ではないか。
「㐂寿司」の番頭の山岸利光さんは、夏の“はたらき”は格別だと胸を張る。
「もちろん漁場の天候によっては入荷しない日もあるし、でぶろくといって、大きさがまちまちなので仕入れにも気を使います。けれども、何といったって、湯掻いた時の色の映え、身の厚さと歯ざわり、甘味など、どれをとっても天然には勝てるものはありませんよ」
車海老の仕入れに同行した。仕入れは豊洲市場の「佃熊」という専門業者に任せてある。
車海老はその大きさによって「さいまき」「まき」「くるま」と呼び名が変わる。「㐂寿司」で使うのは「まき」と呼ばれ、大人の握りこぶしから、頭と尾がちょうどはみ出る13cmから15cmのものだ。
さすが専門店だけあって、店にはいくつもの生簀が並んでいる。覗き込むと車海老がわしゃわしゃと長い脚を動かしていた。
常務の藤村欣司さんがその中の1匹を取って見せてくれた。
プロの手にかかると、水しぶきを立てて泳いでいた活きた車海老が眠ったように掌の上でおとなしくしているから不思議だ。
「今日は愛知の蒲郡で揚がった天然です。養殖と見比べるとわかりますがくまどりがしっかりしているでしょう。それに、握ると同じ大きさでもずっしりしている。天然のまきはそもそも市場に入荷する量が少なく取り合いになる。ある程度の量を確保したうえで、今度は同じ型を揃えなければなりません。車海老は水温が高くなると、すぐに弱って揚がってしまう。江戸の頃から“活きてる”ことに価値があるのです」
車海老の尾びれの“青”は、ゾクッとするほど美しいオーシャンブルーで、見る者を魅了する。車海老は活きた状態で店に届けられる。注文があれば、そのまま「オドリ」で刺身にしたり、握ったりもする。
けれども、江戸の昔から鮨屋の車海老は「ゆで海老」と相場は決まっている。
腰が曲がっていては鮨種にはできないので、ゆでる時は竹串を背中に打ってから沸騰した湯に入れる。「㐂寿司」四代目の油井一浩さんは、活きのいい海老ほどその色ははっきりと鮮やかになると語る。
「車海老は天ぷらのように中心が半生の状態ではなく、しっかり火を入れます。当初は保存が目的だったのですが、熱を入れることで旨味、甘味が格段に増すのです。湯掻く時間は3、4分でしょうか。タイミングを見て冷水に取り、色止めをします。あとは常温で冷まして粗熱をとって完成です」
――明日につづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿