のけぞるほどの鯛の旨味を感じたことはあるだろうか。舌を、胃袋を、ハートを一瞬でグワシッとつかまれるような鮮烈で嫌味のない鯛の旨味。私は、ある。「真鯛らぁめん まちかど」で食べた鯛ラーメンだ。
“魚の王様”と呼ばれる鯛だけど、「王様級の味わいは、ラーメンのスープになってこそ」と、私は勝手に思っている。
鯛は刺し身で食べても、焼いて食べてもおいしい食材だけど、淡泊で、ちょっと物足りないときがあるからだ。
もっと、あなたの旨味をいっぱいに感じたいの!
その点、アラや骨などでとった鯛のスープは、私を悦びで満たしてくれる。だから、スープをすすった瞬間はハッとするほど上品でありながら、ところどころでワイルドな表情をのぞかせるあの味!
鯛ラーメンは、私の目を無条件でハートにする存在……だと思っていた。あの日、本気の恋に落ちるまでは。
私を虜にしたその鯛ラーメンとは、東京は恵比寿にある「真鯛らぁめん まちかど」で出会った。ここは、混ぜ物なしの鯛ラーメンを供する専門店。
「うちでは動物系の素材を使わずに、フュメ・ド・ポワソンの技法で鯛100%のスープをとっています」と、イタリアンレストランで腕を磨いた経歴を持つ店主の荒木宇文さんは話す。
「鯛だけで炊いたスープ」と言っても、決して単調な味を想像してはいけない。
そこには、生の鯛から出るフレッシュな旨味、鯛のおこげから出る無上の佳味、オーブンでローストした鯛が醸すややビターな風味と、3つの工程で生み出された異なる鯛の味わいが重ねられているのだ。鯛が織りなす旨味のグラデーションが、スープの味わいを複雑かつ重厚なものに仕立てている。
その複雑な鯛スープにさらに鮮烈な“鯛感”を加えているのが、鯛の香味油。
「スープの上澄みから“鯛油”を抽出するのですが、そのまま使っても味がぼんやりしてしまうんですよ。セロリやショウガ、ニンニク、ローリエ、鷹の爪を加えて30分間香り付けをする。うちではこれを香味油としてスープに合わせています」
“鯛油”に香味野菜を合わせることで輪郭がシャープな印象になり、鯛の風味が一層際立つ。
さらに「真鯛らぁめん まちかど」の鯛ラーメンの旨さを決定的なものにしているのが、鯛のスープを煮詰めてつくる、完全オリジナルの鯛のタレ。一般的なラーメンに使われる醤油ダレや塩ダレは、使わないというから驚きだ。
鯛スープを1/3量になるまで煮詰めて調味料を合わせたそのタレは、“フルボディ”と呼ぶのにふさわしい。濃厚で、味わい深くて、パンチが効いていて……。このタレを肴にすれば無限にお酒が飲めるのではないかと思うほど、実に魅惑的な味がする。
「壺に入れて買って帰りたい!」
何度、店主にお願いしたことか。その度に笑ってごまかされちゃったけど、荒木さん、私は本気です!
鯛のスープに鯛の香味油、鯛のタレを合わせることで、「真鯛らぁめん まちかど」のラーメンスープはようやく完成する。チャーシューの代わりにトッピングされるのは、鯛の昆布締め。鯛をこれでもか!というほど体感できる、究極の一杯だ。
初めてこのラーメンをすすった時、「一体、今まで鯛ラーメンの何を見て恋をしてきたのだろう……」と目が覚める思いがしたっけ。
でも、今ならはっきりわかる。これこそが私が本当に食べたかった鯛ラーメンだったんだって。
この店のおもしろさはそれだけにあらず。そのほかのラーメンもすべて鯛スープを応用したものと、徹底されているのだ。
鯛ラーメンのバリエーションといえば“あっさり”と“こってり”の2パターンに、“つけ麺”と“油そば”が加わるのがせいぜい。ところが、この店では、“鯛の担々麺”や“鯛のジェノベーゼ”“タイ風鯛ラーメン”(ダジャレか?)といった、見たことも聞いたこともないようなニュータイプの鯛ラーメンが季節ごとにじゃんじゃんお目見えする。
これは、荒木さんの発想力がすごいのか?
はたまた、この鯛スープのポテンシャルが高いのか?
いやいや、そのポテンシャルに気づいて、アイデアを形にできる荒木さんの腕がすごいのだ!
1周まわって、そんな結論に行き着いた。
「真鯛らぁめん まちかど」は、サイドメニューも、“鯛ダシご飯”“特製鯛ばってら”と鯛尽くし。そうそう、残ったスープにご飯を入れて食べる締めの雑炊がまた格別なのよ。鯛ダシご飯はマストで注文してほしい品……なんて思い出していたら、またしても食べたくなってしまった!
早く私も、愛しの鯛ラーメンに会いに行きタイ!
――おわり。
文:松井さおり 写真:徳山喜行