まる、さんかく、しかく
玄米とろろ昆布おにぎりを、ケンシロウが毎朝にぎる理由。|おにぎりをたずねて三千里⑧

玄米とろろ昆布おにぎりを、ケンシロウが毎朝にぎる理由。|おにぎりをたずねて三千里⑧

「おにぎりの本当のおいしさってなんだろう」。その答えを求めて写真家・阪本勇は旅に出る。毎朝、奥さんのために大きなおにぎりをにぎり続けている同級生のケンシロウ。お母さん直伝のとろろ昆布おにぎりはどんな味がするのだろうか。

土鍋で炊いた玄米ごはんを、慣れた手つきでにぎる。

ケンシロウこと、荒川堅志郎とは大学で出会った。
「ケンシロウ」という名前の奴がいるらしい。しかも本当に眉毛が太いらしい。さらには空手部らしい。
そういった噂が流れて、ケンシロウはちょっとした有名人になっていた。
ケンシロウに初めて会ったとき、「ケンシロウって『北斗の拳』のケンシロウと同じ漢字なん?」と聞くと「あれってカタカナちゃうん?」と少し迷惑そうに答えた。
地方者や浪人生といった共通点もあり、僕とケンシロウはよく一緒に遊ぶようになり、だんだんと仲良くなっていった。

ある日の朝食風景

ケンシロウとたまたま休みが合って、奥さんのみきちゃんと一緒に暮らす埼玉の家まで遊びに行った。
午前の早めに着いたので、ふたりは朝食をとるところだった。「一緒に食おうや」と言って、ケンシロウが玄米ごはんとなすの味噌汁をよそってくれた。
朝食も夕食も、基本的にごはんはケンシロウがつくるらしい。僕の周りにはなぜか料理好きの男が多い。食卓には出汁巻玉子と、みきちゃんのおばあちゃん手づくりのきゅうりのお漬物も並んでいた。

ふき上げまで丁寧にやっていた

ごはんを食べ終わると、すぐに食器をみきちゃんが洗ってくれた。洗い物はみきちゃんの担当らしい。
「私がなにもしてないのばれちゃうね」と、笑いながら洗った食器を拭いていた。
平日だったので、みきちゃんは仕事に出る準備をして、ケンシロウはみきちゃんのお昼ごはん用におにぎりをにぎり出した。

土鍋で炊いた玄米ごはんを、慣れた手つきでにぎる。
「あんまり固すぎるのはあかんから、にぎるのは3回か4回くらいやな」と言い、綺麗な三角おにぎりを器用につくり上げた。

ほんの数回にぎっただけで、きれいな三角をつくり上げていた

みきちゃんが初めてケンシロウのおにぎりを食べたのは、付き合い出してしばらくした頃だった。

当時、江古田に住んでいたケンシロウの家にみきちゃんは泊まった。
翌朝、みきちゃんが起きるとケンシロウは布団にはいなくて、もう出かける準備をしていた。

「俺、先に出なあかんから。これお昼に食べ」。そう言って渡されたおにぎりの大きさ、重さが印象的だったらしい。
両手に乗った、ラップに包まれた大きな重いふたつのおにぎりを眺め、なんだか不思議な気分になった。

みきちゃんの中ではおにぎりは母親につくってもらうものという印象があった。男の人におにぎりをにぎってもらったのは初めてで、しかも遠出やイベントではなく、「ナチュラルに日常でそれをやられたんで、なんか面白いなと思いました」と、そのときの思い出を教えてくれた。

みきちゃんのお母さんやおばあちゃんがよくつくってくれるおにぎりは白米で丸く、アルミホイルで包む。
一方、ケンシロウのおにぎりは、「ケンシロウさんといえば茶色いおにぎりなんです」と言うように、玄米ごはんで、ラップに包まれているので茶色が見える。
その大きさもあって、お母さんたちがつくってくれるおにぎりと同じものとは思えないくらいの存在感があったらしい。

結局、少食のみきちゃんはその大きなおにぎりを食べきれず、ひとつは持って帰った。

みきちゃんが茶色いごはんと呼ぶ玄米

その当時は実家に住んでいたので、大きなおにぎりを持ち帰ったお母さんに、「それはなに?」と聞かれ、ケンシロウがお昼用につくってくれたことなどを説明した。
「持って帰ったおにぎりは、もしかしてお母さんが食べたのかもしれない」と言って笑った。

おにぎりの大きさを確認するケンシロウ

母のお弁当には必ずひとつ、とろろ昆布おにぎりが入っていた。

後日、ケンシロウがみきちゃんのお母さんに会ったとき、「ケンシロウくんのおにぎり大きいね」と言われ、自分がにぎるおにぎりがみきちゃんにとっては大き過ぎること、ひとつ食べきれずに持ち帰ったことを知った。
それ以来、みきちゃん用ににぎるおにぎりは少し小振りになった。

その朝もひとつにぎっては、「これくらい?」と言って見せ、大きさを確認していた。
明太子おにぎりと、とろろ昆布巻きおにぎりのふたつを弁当箱に並べた。

ケンシロウのお母さんがお弁当につくってくれたおにぎりには、必ずひとつはとろろ昆布で巻いたおにぎりが入っていたらしい。
小学校の遠足の日、そのおにぎりが大好きだったケンシロウは、お昼を楽しみにしていた。お弁当箱を開けると、とろろ昆布おにぎりがあって嬉しく思ったけれど、それを見た友達が「え!なにそれ!」と言った。いま思えば子供の何気ないひと言だったのだが、それまで大好きだったとろろ昆布おにぎりが急に恥ずかしくなった。
お母さんが朝早く起きてつくってくれていることがわかっていたので、とろろ昆布をやめてとも言うことができず、ケンシロウはとろろ昆布おにぎりを友達に隠れて食べるようになった。
大人になって母親にそのことを話したら、「あんた、そんなこと思ってたんかいな」と笑われたらしい。

お母さん直伝、荒川家のとろろ昆布おにぎり

みきちゃんが仕事に出るので一緒に駅まで送った。雨降りだったので傘をさして並んで歩いた。
「そういや雨の日はどうしてるんやろ」と、駅まで歩く時によく出くわすカップルのことが話題になった。
長い髪をチョンマゲのように頭の上で結んだ男前の若い男性が、白人のきれいな外国人女性を自転車の後ろに乗っけて、さらにその女性はゴールデンレトリバーを従えて、リードを手に犬を走らせながら駅に向かう。男性は駅で女性を降ろすと、今度はゴールデンレトリーバーのリードをにぎって、来た道を帰っていく。ふたりはそのカップルの関係や背景を想像するのが楽しみらしい。女性は外資系の大企業で働くキャリアウーマンで、男性はヒモであるというのが現在の予想だ。

休みの日でも駅まで歩いて送る

改札の前で定期を取り出そうとしてバックを広げたみきちゃんが、「あ!」と叫んだ。家におにぎりを忘れてきたらしい。
「そういうとこあるねん、この子。俺、もうそんなんでは怒らへんようになった」と、笑うでもなく怒るでもなくケンシロウは僕につぶやいた。

コーヒーを淹れてくれるケンシロウ

家に戻ったら、おにぎりが入ってる「DEAN&DELUCA」のケースがソファーに置かれたままだった。そのおにぎりは僕がもらって帰った。

ソファーに置かれたままのケース
みきちゃんのおばあちゃんが漬けたきゅうりの漬物。
みきちゃんのおばあちゃんが漬けたきゅうりの漬物。
つまみ食いしたとろろがヒゲについている。
つまみ食いしたとろろ昆布がヒゲについている。
ミルがないのでミキサーで豆を挽く。
ミルがないのでミキサーで豆を挽く。
粗挽きが案外いけた。
粗挽きが案外いけた。
酉の市で買った七味入れの「ふーちゃん」。
酉の市で買った七味入れの「ふーちゃん」。
「部屋の8割はケンシロウさんの物」とみきちゃんが言う。
「部屋の8割はケンシロウさんの物」とみきちゃんが言う。
朝ドラに夢中のみきちゃんに、おにぎりをにぎりながら話しかけるケンシロウの声は届いてなかった。
朝ドラに夢中のみきちゃんに、おにぎりをにぎりながら話しかけるケンシロウの声は届いてなかった。
ねかせるとおにぎり2個が潰れずににちょうど入る弁当箱。
ねかせるとおにぎり2個が潰れずににちょうど入る弁当箱。
母親のおにぎりは丸だったのに、なぜか三角ににぎるようになっていた。
母親のおにぎりは丸だったのに、なぜか三角ににぎるようになっていた。

文・写真:阪本勇

阪本 勇

阪本 勇 (写真家)

1979年、大阪府生まれ。大阪府立箕面高等学校卒業後、インドにひとり旅。日本大学芸術学部写真学科中退。写真家の本多元に師事後、独立。2008年「塩竈写真フェスティバル フォトグラィカ賞」受賞。高校の先輩である矢井田瞳の撮影のアシスタントをした際には「箕面高校」とあだ名をつけてもらったことも。人物撮影、ドキュメンタリー撮影を中心に、写真・映像の分野で大活躍(する予定!)。