夏こそおいしくなる鮨種の代表格、かれい。種類があるなかでも、希少な星かれいのおいしさは格別である。そのエンガワに巡り合えたなら、なおのこと。夏の白身の王様、星かれいを追いかける。
夏座敷とかれいは「エンガワ」がいい――。
東京の古い食通はそう言ったそうだ。
かれいと言えば家庭では「煮付け」にして食べる大衆魚のイメージが強いが、ひと口にかれいと言っても、日本近海で獲れる種類は数十種類にものぼる。だからこそ東京の鮨屋では、夏のかれいが鯛や平目以上の高級魚として扱われていることを知る人は少ない。
とくに「星かれい」は白身の王様と呼ばれ、夏の鮨種には欠かすことができない。
星かれいの旨さは、稀代の食通として知られるかの北王路魯山人もこう書き残している。
「七、八月頃まで続く東京近郊もののピカ一、星鰈の洗い作りの前には、関西のそれなどとても及ぶものではない」(『春夏秋冬 料理王国』)
東京湾で獲れる星かれいはたしかに高値で取り引きされるが、底魚特有の臭いがきつい場合があると敬遠する職人もいる。 関東における星かれいの代名詞にもなっていたのが茨城の鹿島灘から福島の浜通りにかけての「常磐」だ。かつては、銀座あたりの鮨屋が奪い合うようにして買い求めた一流ブランドだった。
星かれいはその名の通り、上から見ると背びれ、尾びれ、そして目のない側に黒い星状の斑点が並んでいて、大物になると全長60cmを優に超える。その上、市場への入荷が極端に少なく、この時期「活けの星」を持っている仲卸店は、料理人からも同業者からも一目置かれる。
同じ底物の魚でも平目は「寒平目」の言葉のとおり、真冬が旬だ。
一方のかれいは夏場が旬。ただし、身の劣化が激しいことから、「野締め」ではなく「活かし」であることが大前提となる。
そんな希少なかれいから4枚しか取れない部位が、背びれを動かすための筋肉、通称「エンガワ」だ。同じかれいの身とは味わいも異なり、コリコリとした小気味良い歯ざわりが病みつきになる。だからこそ、食通たちは夏に旬を迎えるかれいの、しかもエンガワを涼やかな夏座敷の縁側になぞらえて、その値打ちを軽妙洒脱にそう評したのだろう。
6月中旬。「㐂寿司」のカウンターにも「活けの星」が並んだ。
兵庫の淡路でとれた4kg超の大物だ。鯛を仕入れる、豊洲市場の「工藤水産」で「㐂寿司」のために取り置きされたもので、今シーズンで一番の良型だった。
もともとかれいは西日本では獲れない魚だったが、東日本大震災以降、「常磐物」が使えなくなってしまった今、稚魚の放流が各地で盛んに行われている。
かれいも3kgを超えると、座布団と見紛うような大きさに成長する。底物の魚は、大きくなればなるほど「大味」になりそうなものだが、星かれいに限っては、そうではないと「㐂寿司」四代目の油井一浩さんは胸を張る。
「見事な品物ですよね。朝、水槽で活かしてもらっていた魚を、その場で〆て持ち帰り、すぐにおろしました。身がまだ活かっているでしょ。鮮度によって身の状態、食感、旨味が変わります。おろして1日、明日あたりがシャリとの一体感を考えてもベストの食べ頃だと思います。星は大きくても、身がちぢれることがなくて、食感と旨味のバランスが抜群にいいですね」
かれいは平目同様、包丁で背と腹の鱗をすき、内臓を取り出した後、ヒレの付け根に沿って包丁を入れ、いわゆる「五枚おろし」にする。星かれいの身は、夏の朝を彷彿とさせるような純白色が信条で、時間が経過すると脂の乗った部分がわずか飴色に変化してくる。
星かれいの握りをいただこう。かれいをはじめとする白身の魚は、鮨にした時のネタの厚さが口に入れた時の味わいを決める。
あまり厚すぎては、口の中でモグモグとして鮨飯との一体感が損なわれる。
かといって、てっさのような薄造りでは、噛むほどに広がる白身ならではの淡白な味は堪能できない。
分厚くもなく、薄くもなく、ちょうどいい「塩梅」が職人の腕の見せ所なのだ。
その日の魚の状態を見極めて、かれいの身に包丁を入れる。厚さにして、わずか数ミリの塩梅なのだが、その差がかれいという魚の値打ちを大きく左右するのだ。
――明日につづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿