食の仕事着。
鴨川「鮨 笹元」の風土を握る鮨のこと。

鴨川「鮨 笹元」の風土を握る鮨のこと。

千葉は鴨川の「鮨 笹元」の後篇。鉢巻(ハチマキ)の巻き方も対照的な“名コンビ”の二代目夫婦が、地元の魚と米で握る創意工夫にあふれた鮨は、鴨川という土地の豊かさを感じさせてくれるものだった。

ふたりは海の上で出逢った。

樫の木の炭火
名物の“焼きすし”に使われるのは、鴨川で少量生産されている樫の木の炭火。炭火の灰が焼き物の余分な匂いや脂を閉じ込めるため、食材の旨味と香りだけを凝縮することができる。おまけにはぜる音もせず、匂いも出ない優れもの。

「鮨 笹元」でぜひ食べてもらいたいのが、地元産の樫の木の炭火で仕上げる、オリジナルの“焼きすし”だ。この日は黒むつと金目鯛の2種類。プリプリと口の中で弾ける身はもちろん、全面にまとった脂までご馳走だ。
「元々はガスの火でやっていたんだけど、炭火だと香りと焼き加減が全然違うんです。あ、でも“焼きすし”は僕が語ると怒られるんで(笑)」と、二代目の小越友さんは隣を見る。“焼きすし”の担当は、妻の咲樹さんなのだ。
「これはうちの父が考えたオリジナルメニューなんです。ほら、お鮨のネタって皮を全部削いじゃうでしょう?でも、魚って皮と身の間にこそ旨味があるんですよ。それを味わってほしくて始めたのがこの“焼きすし”。皮を食べてもらうためのお鮨なんです」

“天然うなぎの白焼き”1,800円
曽呂川で獲れた“天然うなぎの白焼き”1,800円。小ぶりながら泥臭さもなく、サラッとした脂が美味。ゴールデンウィーク明けから8月頭頃まで、獲れたときのみの提供。ちなみに店で使う器は、咲樹さんの母の千幸さんが自宅の窯で作陶するオリジナル。最近は咲樹さんが、その窯を引き継いでいる。

父とは「鮨 笹元」初代の笹本元一さんのことだ。“焼きすし”を思いついたきっかけもユニークで、中国を旅行中に小籠包を食べて「こういう熱々の状態で食べてもらう焼きたての鮨ができないか」と思ったのが始まりだったそうだ。
「うちの父は面白いですよ、フットワークも軽いし(笑)」と咲樹さんは言う。実は、咲樹さんを鮨職人の道に引っ張り込んだのも、元一さんだ。
そう、「鮨 笹元」の二代目夫婦の友さんと咲樹さんは、共にちょっと変わった経歴をもつ鮨職人なのだ。

「森酒造店」の「飛鶴」(とびつる)
店の定番酒は君津にある「森酒造店」の「飛鶴」(とびつる)。甘くまろやかな味わいに初代が惚れ込んだという。なんと蔵には「鮨 笹元」専用のタンクがあり、そこからボトル詰めされる。毎年、ラベルの文字を初代が書いていて、遊び心あふれるフレーズを楽しみにしている客も多い。棚には歴代のボトルがずらり。純米酒一合700円。

まずは咲樹さんの経歴から紹介しよう。船と海が好きで、高校は船の運転技術を学べる国立の海上技術学校に進学した。そこを卒業し、さらに大きな船の免許が取れる海技大学校まで進んだのだが、ちょうど店で働いていた職人さんが辞めることになり、「やってみないか」と初代からスカウトを受けたという。
「小さい頃から店の手伝いをしていましたし、父の鮨を食べて育ちましたから、飲食店への憧れはずっとあったんです。だから、思い切って学校を卒業した二十歳の時にこの道に入りました」
以来、親方である元一さんのもとで修業を積みながら、その右腕として店を盛り立ててきた。現在、職人歴17年。初代考案の“焼きすし”や“グラタン”といったオリジナル料理も、咲樹さんが担当している。

咲樹さん
咲樹さんの鉢巻の巻き方は父の元一さん直伝で、初代の修業先「根岸 高勢」の巻き方を踏襲している。「完成形は一緒なんですけど、主人は頭の形に沿ってその場で巻いちゃって、私の場合は鉢巻の形をあらかじめつくっておいてそれを頭の上に乗せるやり方です。うちの店としては私の巻き方が正統(笑)」。

一方、友さんの経歴はさらに異色だ。遠洋航海の船乗りに憧れて、咲樹さんと同じ海上技術学校に進学した埼玉出身の友さん。在学中の航海実習で出会った同学年のふたりは、25歳で結婚する。友さんは結婚前、就職氷河期の影響もあって憧れの遠洋航海の仕事を諦め、結婚を機に訪れた咲樹さんの実家で、楽しそうに仕事をする初代の姿を見たという。
「毎日どんな魚が入ってくるか、どんなお客さまが来るか、店を開けてみないとわからない。日々変化があるし、それがとても楽しそうだった。それで鮨屋さんに憧れちゃって、もともと食べることも好きだったし、結婚を機に鮨職人になろうと思ったんです」

鉢巻
「汗っかきだから枚数も多い」という友さんとは対照的に、咲樹さんは月ごとに使う柄を厳選している“少数精鋭”スタイル。色味も、友さんとは対照的にカラフル。「これからの季節は、水芭蕉の模様とか、夏場はオクラの柄にしようかなって思っています。季節感を感じるデザインを選んでいますね」。

鮨職人は天職。

結婚後の4年間、友さんは築地の老舗「寿司大」で修業生活を送る。前職時代に培った接客経験と、もともと持ち合わせている大らかな性格で、板前の世界にもなんなく溶け込んだ。
「僕、25歳で転職してよかったなと思うのが、高校を卒業して入ってくる子たちよりも社会に慣れていたことかな。だからどんなお客さまとも会話できたのが嬉しかったですね。高校の寮生活で慣れていたから、どんなに狭くて雑然としたところでも寝られたし(笑)。先輩にもすごく可愛がってもらって、いろんな仕事を教えてもらいました」

咲樹さんの巻き方は、まずは手ぬぐいを半分に折り、それをさらに三つ折りにして、細めの幅にする。
折りたたんだ側を上に向け、左端と右端を持って輪っか状にする。このとき左側を下にし、上から右側をかぶせて端を内側に織り込む。
長さを調節したい場合は、内側の余った部分を右方向にキュッと引っ張る。
折り重ねたところは、美しく角が立つように整える。
綺麗に輪っか状に整えたら、そのまま頭の上に乗せる。
開店時間直前にサッと鉢巻をする咲樹さん。仕事モードに切り替わる。

その「愛され力」を遺憾なく発揮し、二代目を継いだいまも友さんを慕って通ってくるファンは多い。鴨川産の樫の木の炭火も、友さんが「炭火を使ってみたい」と馴染み客に相談したところ、知り合いの炭焼き職人を紹介してくれたことから始まった。
また、近くの曽呂川で獲れた鰻を出すことになったのも、やはり常連である漁師さんがたまたま釣れたものを分けてくれたことがきっかけだという。友さん自身、いまも船の免許を更新し続けており、いつか自分で釣った魚を店で提供するのが夢だと語る。
「この仕事って、店の中だけで完結してる仕事じゃないんですよね。僕らがいろんなことにチャレンジして、それを料理を介して伝えることでお客さまも盛り上がってくれるし、お客さまから教わることもある。だから、いくつになっても、新しい何かを学ぶって素晴らしいことだと思います。そうすると、いつまでも謙虚な気持ちでいられるし。だからね、僕、鮨職人は天職だって思ってるんです」

そんな相棒の言葉に、咲樹さんが微笑む。
「最初は大丈夫かなって心配もしたんですけど、本当に天職だったみたいですね(笑)。名前の通り、友達も多くてお客さまに好かれるキャラクターなのでありがたいです。明るい性格に、私はいつも助けられています」

本わさび
伊豆の農園から取り寄せている本わさび。家族旅行を兼ねて、美味しい食材の産地を訪ねることも多い。米は地元で採れる良質な長狭米を、塩は旨味や食感の異なる5種類を使い分けている。

「僕の方こそ、自分に足りないことを全部やってくれているので感謝しています。家庭のこともやりながら店のこともやってくれるし。やっぱり僕がガーッと行くO型で、彼女が完璧に仕事を決めるA型っていうのがいいんじゃないかな(笑)」

初代から受け継いだものを実直に守り続ける咲樹さんと、教わったものに新しい風を吹き込んでさらに良いものにしていく友さんのコンビ。鉢巻の巻き方にしても、完成形は同じでも、父譲りの巻き方を踏襲する咲樹さんに対して、途中の工程に独自の味付けを施す友さんと、対照的な個性が見えておもしろい。
ふたり一緒なら、きっとここはいつまでも、訪れた人を楽しませてくれる仕事の行き届いた店であり続けるだろう。
今度はぜひ、初代のいる館山店とハシゴして訪れてみたい。溌剌と仕事に励むふたりに見送られて、ウキウキした気持ちで店を後にした。

おわり。

魚見塚展望台
友さんオススメの鴨川の絶景スポット「魚見塚展望台」は、店から車で10分ほど。鴨川漁港の近くにある。太平洋と鴨川の街全体を眺められる気持ちのいい場所だ。

店舗情報店舗情報

鮨 笹元
  • 【住所】千葉県鴨川市横渚1063-1
  • 【電話番号】04-7093-1455
  • 【営業時間】11:00~14:15(L.O.)、17:00~20:30(L.O.)
  • 【定休日】火曜日(年に何日か連休する場合があります。電話もしくはHPで確認のうえ、ご来店ください)
  • 【アクセス】JR外房線「安房鴨川駅」より5分

文:白井いち恵 写真:米谷享

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白井 いち恵(ライター・編集者)

新潟生まれ、千葉育ち。おもに街と食(ときどきバス)に関する記事を書いています。定まった仕事着がないわが身を省みて、食の世界も含めたプロたちのユニフォームに敬意と憧れを抱くこの頃。大抵、紺色を着ています。