食の仕事着。
鴨川「鮨 笹元」の"めおと鉢巻"のこと。

鴨川「鮨 笹元」の"めおと鉢巻"のこと。

明るく朗らかな二代目夫婦が板場に立つ、千葉は鴨川の「鮨 笹元」。朝から晩まで“24時間一緒”というふたりにとって、鉢巻(ハチマキ)は、オンとオフを切り替えるための大切なスイッチだ。

受け継がれる鉢巻スタイル。

おまかせコース
イチ押しメニューは“おまかせコース”3,800円。日替わりの小鉢3品、地魚を中心にした多彩な鮨(握り鮨六貫、手巻き鮨四貫、焼き鮨二貫)に、焼き物が付く。この日の握りは、鴨川の釣り鯵、平政、鮑、平目などが並んだ。

JR外房線の安房鴨川駅から歩いて5分ほど。“外房黒潮ライン”と呼ばれる国道128号沿いにある「鮨 笹元」は今年、創業43年目を迎えた。近海で揚がる魚介を中心に、その時期のとびきり新鮮なネタを、端正な握りやアイデアにあふれた創作巻物などで堪能させてくれるので、わざわざめがけてくる人も多い。
板場に立つのは、ともに鮨職人である、「鮨 笹元」二代目の小越友(こごし・とも)さんと咲樹(さき)さん夫婦。
寄席が好きだという握り担当の友さんは、立て板に水の如く流れるような話が楽しくて、初来店のひとり客も、何度も来ている常連客も、変わらず気さくにもてなしてくれる。その横では、巻物や焼き物担当の咲樹さんが、客の食事のペースを見ながら、裏の厨房に声をかけて次の配膳を差配する。阿吽の呼吸のようなふたりの仕事ぶりと、温かみを感じる接客に、いつの間にかすっかりリラックスしている自分がいる。

“おまかせコース”の日替わり小鉢3品
“おまかせコース”の日替わり小鉢3品。この日は、栄螺と“房総なかひじき”、鯖のマリネ(南蛮漬け)。鴨川で獲れたひじきは、太くて旨味が強いので、店では酢の物にして出している。
“おまかせコース”の“グラタン”
“おまかせコース”の“グラタン”。スルメイカ、海老のたたき、大葉に、鴨川特産の夏みかんと鯖出汁でつくった自家製ポン酢を張り、自家製マヨネーズで蓋をして焼き上げる。初代考案の一品。食べ終わったら、出汁は残しておいて。友さんに合図をすればいいことがあるかも……。
“おまかせコース”の巻物
“おまかせコース”の巻物。上から時計回りに、海老のサラダ巻き、富津産芽ネギの巻物、トロとしゃくし菜漬けの巻物、穴子のサラダ巻き。サラダ巻きには、グラタンと同じく紅花油でつくった自家製マヨネーズが使われている。
焼きすし
“おまかせコース”の最後に供されるのが、初代考案の“焼きすし”。この日は地元で採れた黒むつと金目鯛。金目鯛には、酸味の強いオランダの粒マスタードがあしらわれている。脂の甘さとマスタードの酸味が一体となって美味。

初代は、咲樹さんの父である笹本元一さん。そう、ここは咲樹さんの実家なのだ。
咲樹さんの家系は“鮨屋一家”で、もともとは約60年前、鴨川の隣駅の太海で、咲樹さんのおじいさんが「笹鮨」を始めた。その店は長男である叔父さんが継ぎ、次男だった元一さんはかつて東京は鶯谷にあった名店「根岸 高勢」へ修業に出る。その後、故郷に戻って始めたのが「鮨 笹元」だ。
現在、元一さんは鴨川の本店を娘夫婦に任せ、館山にある姉妹店に立っている。
「だからお客さんの中には、うちに来たり、父がいる館山の店にも行って、楽しまれている方が多いですよ」と咲樹さんは言う。いいなあ、行きつけの鮨屋が、外房と内房の両方にあるなんて。

小越友さん
小越友さん。結婚を機に鮨職人に転身し、妻の咲樹さんの実家を継いだ。「汗っかきだからたくさん持ってるんです(笑)」という鉢巻コレクションは、人気ブランド「かまわぬ」の手ぬぐいが多い。

5年ほど前に店を継いだ友さんと咲樹さんのふたりは、いつも素敵な鉢巻をしている。手ぬぐいを鉢巻として使うのは、初代から引き継がれているスタイルだ。ヘアピンなどは使わず、布地を折って挟んだだけで、1日巻いていても崩れたり垂れたりもせず、ピシッときまる。巻き方は元一さんの修業先「根岸 高勢」のものだという。

友さん自慢の手ぬぐいコレクション(の一部)
旅先で購入することが多いという、友さん自慢の手ぬぐいコレクション(の一部)。その数40枚以上! 中には「浅草演芸ホール」のものや、京都の骨董市で求めた古布など、友さんの趣味が垣間見えるものも。

好みはバラバラ、息はぴったり。

「鮨屋の鉢巻は、清潔感のためですよね。髪の毛や汗が落ちないように」と、友さんが教えてくれた。
「やっぱり頭に巻くと気合が入るんですよ。だから開店時刻になると巻いて、店が終わるとサッと取っちゃいますね」
その言葉に、「鉢巻は、仕事のスイッチが入る合図ですね」と咲樹さんも頷く。

頭の上で器用に巻いていく友さん。四つ折りにした手ぬぐいを正面から額に当て、生地を頭の後ろへ持っていく。
左端を下にし、右端を上から重ねてそのまま上から内側に織り込む。
折り重ねた部分を、ぎゅっと内側に織り込んでいるところ。
左端の余った部分を引っ張って長さを調節し、内側に織り込んだ角の部分はキチッと立てて美しい三角形にする。
指を入れて、額の締めつけの強度を調整したら、完成!

ふたりそれぞれが手ぬぐい専用の引き出しを持っているそうだが、「好みはバラバラ」と友さんが笑う。藍染やモノトーンなどの渋めのデザインを好む友さんに対して、咲樹さんはカラフルで華やかな柄物が多い。
「家族旅行で行った先とかで買うことが多いなあ。僕は顔が派手だから、シンプルな柄の方が好きなんですよね」と友さんが言えば、「ときどきふたりで同じものを取り合うこともあるんですけど、そういうときは“それ似合わないよ”って言って諦めさせようとしたりね」と咲樹さん。そのやりとりも、夫婦漫才のようで微笑ましい。

食材
海苔やひじきなど、一つ一つの食材を、初代の頃から懇意にしている目利きの問屋から仕入れている。

初めての鮨屋に行くときはつい身構えがちだが、暖簾をくぐってパッと目に飛び込んでくるふたりの笑顔と鉢巻には、こちらの緊張をほぐすような明るさがある。私も、初めて「鮨 笹元」を訪れたとき、「その鉢巻、素敵ですね」と、カウンターの向こうの咲樹さんに話しかけたのを覚えている。

この日の咲樹さんの鉢巻は、粋な櫛の柄。
「これ、結構お客さんに好評なんですよ。“なにそれ、フォーク?”って聞かれたりして、会話が弾んだりします」
一方の友さんは、鮨職人になったときに初めて咲樹さんがプレゼントしてくれたという蛸の柄の手ぬぐいをキリッと。
「僕、蛸に似てるのかな(笑)。でも、これはお気に入りで10年以上はしていますね」

朝から晩まで24時間一緒のふたり。鉢巻をすることで仕事のオンオフを切り替え、これまで一緒に店を切り盛りしてきた。柄の好みはバラバラでも、その息はぴったりなのだ。

――明日につづく。

鴨川漁港
店から10分ほど車を走らせたところに鴨川漁港がある。静かな海が印象的だった。魚は、鴨川や隣の太海、東京の豊洲市場から仕入れている。

店舗情報店舗情報

鮨 笹元
  • 【住所】千葉県鴨川市横渚1063-1
  • 【電話番号】04-7093-1455
  • 【営業時間】11:00~14:15(L.O.)、17:00~20:30(L.O.)
  • 【定休日】火曜日(年に何日か連休する場合があります。電話もしくはHPで確認のうえ、ご来店ください)
  • 【アクセス】JR外房線「安房鴨川駅」より5分

文:白井いち恵 写真:米谷享

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白井 いち恵(ライター・編集者)

新潟生まれ、千葉育ち。おもに街と食(ときどきバス)に関する記事を書いています。定まった仕事着がないわが身を省みて、食の世界も含めたプロたちのユニフォームに敬意と憧れを抱くこの頃。大抵、紺色を着ています。