2019年6月号「dancyu Fresh Topics」に登場した「仁べえ荘」。平成の時代に蕎麦の名店を次々と生み出してきた蕎麦名人、石井仁さんの店だ。彼が新天地に選んだのは焼き物の里、笠間。縁をつないだのは当地を代表する陶芸家だった───。
東京から電車で2時間半。茨城県笠間市は関東屈指の焼き物の里だ。市内には窯元や陶園が多数点在。初夏と秋には大々的な陶器市を開催され、毎年50万人を超える人出があるとか。
その笠間に、2019年4月8日「仁べえ荘」がオープンした。店主の石井仁さんは、平成の蕎麦界を牽引してきたレジェンドの一人。伝説というべきなのはその足跡である。
東京・神田に「いし井」を開いたのは1992年。その6年後に、静岡・修善寺に移転して「朴念仁」を始め、再び東京に舞い戻って銀座「古拙」、日本橋「仁行」を立ち上げた。さらに、2016年には故郷の群馬県富岡に「仁べえ」を開店。27年間で5軒もの店を開いているのだ。
いずれの店も評価は高く、“名店”の呼び名を欲しいままにしている。にもかかわらず、数年で閉店もしくは人に譲って、また別の場所に店をつくるという繰り返し。さすらいの蕎麦名人と呼びたくなる。
そんな石井さんが今度は故郷を後にして、6軒目となる新店を笠間に立ち上げたのだ。なぜ再び新店を?今度はどんな店?笠間を選んだ理由は?溢れる“?”を抱えながら、開店間もない店へと向かった。
「仁べえ荘」があるのは笠間駅からすぐの駅前通り沿い。2011年に廃業した旅館「上州屋」の建物を借りた店は“旅籠”の面影が旅情をかきたてる。客席は縁側のある和室にテーブルと椅子を置いて洋室風にリメイク。温かみのある空間はのんびり寛ぐには絶好だ。
品書きには、蕎麦とともに多彩な酒肴が並び、料理と蕎麦をコースで堪能できる“おまかせ蕎麦膳”も予約制で用意されている。この日のおまかせ蕎麦膳には、菜花と筍のお浸し、こんにゃくの炒り煮、生姜入りきんぴらなどが登場。それらをつまみに一杯飲むのは蕎麦屋の愉しみだが、石井さんのつくる料理はひと味もふた味も違う。素朴でありながら洗練されていて、しみじみじと味わい深いのだ。こういう料理をつくれる人はそうはいないだろう。
類稀なセンスと技量は蕎麦寿司にも表れている。巷の蕎麦寿司はボソボソとして味気ないものが多いが、この店の品はまったく別物。口の中で蕎麦がふわっと軽やかにほどけ、卵焼きやかんぴょうなどの具材と見事に調和する。人生最後の一食にしたいぐらいだ。
その味わいの要となるのは、石井さんの代名詞である十割の水腰蕎麦である。
通常、蕎麦は蕎麦粉に対して5割程度の水を加えて打つが、水腰蕎麦の加水率は6割を優に突破。柔らかくて扱いにくい蕎麦生地を、1㎜ほどの極細い蕎麦に打ち上げるのだから驚く。
「水腰蕎麦の持ち味は、なめらかな喉越しと松茸の軸を割いたようなシコシコ感」と石井さんが言う通り、まろやかなもり汁に軽く浸して手繰れば、瑞々しい蕎麦の風味を振りまきながら小気味よく喉を抜けていく。ふわっと軽い蕎麦寿司も、この細打ちの蕎麦があってこそというわけだ。
唯一無二といえる料理と蕎麦に惚れ込むファンは多く、その一人が陶芸家の吉村昌也さんだ。半世紀にわたって粉引き一筋に作陶を続けている吉村さんは、笠間を代表する名匠。地元の誇りだった「上州屋」の建物が長らく使われないままでいることを気にやみ、石井さんに紹介したのが開店のきっかけになった。
縁結びの神様である吉村さんの工房「なずな窯」は、店から車で10分ほどの緑豊かな高台にある。石井さんに案内されてお邪魔するとにこやかに出迎えてくれた。
二人の出会いは20年以上前。神田の店を開いて間もない頃だった。
「たまたま前を通りかかって入ってみたんです。近くには老舗の蕎麦屋が2軒もあるのに、いい度胸だなと思って。出された蕎麦を食べたらものすごくおいしかった。それからですね、僕の器を使ってくれるようになったのは」
石井さんにとって、吉村さんの器は店の核となる特別な存在だ。年に数度、工房に足を運び、欲しい器をつくってもらうことも多い。石井さんのためにつくられたオリジナルの器に、蕎麦を盛る皿がある。従来、もり蕎麦はざるかせいろを使うのが決まりだが、石井さんは皿にすのこを敷いて蕎麦を盛りつけるスタイルを考案。もり汁も徳利ではなく片口に入れることを思いつき、そのための器を吉村さんに依頼したのだ。
皿と片口を使った提供の仕方は、従来にはないモダンなもり蕎麦として、業界内でも注目された。器こそ吉村さん作ではないものの、このスタイルを取り入れる同業者が増え、今ではすっかり定着している。二人のコラボが蕎麦の世界に新風を吹き込んだというわけだ。
聞けば、吉村さんは修善寺「朴念仁」の名付け親でもあるという。朴念仁とは、無口で無愛想な人を指す言葉だ。朴訥としてシャイな石井さんとどこか重なるところがあると思っていたら、
「僕たちは性格がそっくりなんですよ。偏屈なところがあって、先の計算ができないの」と笑う吉村さん。似た者同士だから、生み出す物も波長が合うのだろう。もちろん、笠間での開店を誰よりも喜んでいるのは吉村さん自身だ。準備の段階から心配して毎日のように様子を見に来ていたそうだ。
名匠の応援を受けながら、これから「仁べえ荘」はどんな店に育っていくのか。レジェンドの伝説はまだ続く。
文:上島寿子 写真:山田薫