山の音
わからないということが、わかるということ。
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わからないということが、わかるということ。

自分のことがよくわからない。他人のこともよくわからない。世の中、わからないことだらけ。空腹を覚えても、何を食べたいかがわからないときもあるし、何でもいいと感じることもある。それはわからないのか、考えたくないだけなのか。それすらもわからない。それでいい。わからないから、知りたくなるんだから。

女の人の気持ちや感覚を想像するのは男にとってなかなかに難しい

他人の気持ちになりなさい、人のことを推し量りなさい、とはよく言われることで、家族や友人と一緒の時間を過ごしたり、仕事をしていくうえで、大なり小なり他人の気持ちを考えながら人は生きている。
しかし、みなさんご存知かと思いますが、他人の気持ちをわかる、理解するということはそんなに簡単なことではない。
写真展を開催した際に、ときどきトークイヴェントをすることがありますが、あるときボクがそういう会で自分の作品について話していたら、モデレーターの女性が突然、気分が悪くなって中座してしまって帰って来なかったことがあった。あとで彼女からは丁寧なお詫びのメールをもらったのだが、8ヶ月後に彼女はお母さんになった。
仕事で撮影する予定の女優さんの出演している映画の試写会に女性編集者と一緒に行ったときに、試写の途中で試写室から出て行った彼女が戻って来なかったこともあった。彼女も8ヶ月後に母になった。
つわり、という言葉は知っていても、それがどういう感じのものなのか、実感としてわかっている男性はいらっしゃいますか?
悪阻、って漢字で書いたときの字面もすごいですよね。実際に子供を産む産まないはともかく、女性は思春期以降ずっとその事を意識し続けざるを得ないわけで、人生において、女の人は男より最低でもひとつ多くのことを考えなければならず、そのひとつのことっていうのは相当に大きなひとつで、それだけでも女の人は偉いなあ。
でも、女の人の気持ちや感覚を想像するのは男にとってなかなかに難しい。

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去年の春、さいたまスーパーアリーナでエレファントカシマシのライヴとバックステージを撮影したのですが、リハーサルのとき、空っぽの客席に向かって歌っている宮本くんの背中を撮りながら、3万人の知らない人に自分の声を届けることを想像してみたが、もちろん上手く行かない。
不特定多数のオーディエンスに自分を生でさらし続けるミュージシャンや俳優やアスリートの気持ちがわかる、なんていうことは自分には到底できそうもない。

打ち上げで関係者一同楽しく天文館でお酒を飲んだあと

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4月27日から5月24日まで鹿児島市宇宿の「aview Cafe&Flowers」というカフェ、花屋さんで『山の音』という写真展を開催して、ゴールデンウィークの後半にはボク自身も店の厨房で皿洗いの仕事を手伝いながら鹿児島に滞在した。
東京に戻る前日、打ち上げで関係者一同楽しく天文館でお酒を飲んだあとカラオケにいったのだが、その「ムーミン」という店、ちょっと変わっていて男性客がコスプレをするための衣装が揃えてあり、好きな服を選んだらママが化粧をしてくれます。髭の可愛い中村クンは中近東風の民族衣装をきてヒジャブで口元を覆いながら久保田早紀の「異邦人」を歌い、ボクは生まれて初めてメイクをしてセーラー服を着てStevie Wonderの“If It's Magic”を歌った。スカートを身につけたからといって女の子の気持ちがわかるわけではないが、女装する男性の気持ち良さはほんの少しだけわかった気がする。
与論島出身のママのお孫さんが高校時代に使っていたという学生鞄には、THRASHERとColumbiaとELLEGARDENとGREENDAYのステッカーが貼ってあった。

――明日につづく。

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文・写真:大森克己

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大森 克己(写真家)

1963年、兵庫県神戸市生まれ。1994年『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第3回写真新世紀優秀賞を受賞。近年は個展「sounds and things」(MEM/2014)、「when the memory leaves you」(MEM/2015)。「山の音」(テラススクエア/2018)を開催。東京都写真美術館「路上から世界を変えていく」(2013)、チューリッヒのMuseum Rietberg『GARDENS OF THE WORLD 』(2016)などのグループ展に参加。主な作品集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。YUKI『まばたき』、サニーデイ・サービス『the CITY』などのジャケット写真や『BRUTUS』『SWITCH』などのエディトリアルでも多くの撮影を行っている。