ときには歌い上げたい夜もある。そんなときは、カラオケ上級者が集う「スナックひまわり」へ。「倒れるまで飲む」の意ではなく、「飲むことに人生を懸ける」という“飲み倒れ”の精神を体を張って追求する、東京都立浅草高校国語教師の神林桂一先生。自身が刊行するミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」の選り抜き25軒より、今晩は浅草観音裏のカラオケスナックへGO!
今回は、変化球で攻めよう。
1軒目からストレートにスナックを目指すことは少ない。
いわば「大きく曲がるカーブ」。
はしご酒の途中や2次会でついつい吸い込まれてしまう迷宮。
スナックは飲兵衛の世界でも黒帯クラスだ。
「怖い」「怪しい」と敬遠して行ったことがない人も多いだろう。
しかしそれは食わず嫌いというもの。
浅草キッドの玉袋筋太郎さんは、スナック文化の普及をめざす「全日本スナック連盟」の会長であり、そのためのイベント「スナック玉ちゃん」を催している。さらに自らスナックのマスターとなって経営もしている。
“スナック十段”の玉ちゃんは「スナックは癒しのオアシスであり、人生の学び舎です」と断言する。
そう、スナックはそれぞれのママの“お城”であり、さまざまな人生に触れる場所でもある。
首都大学東京教授・谷口功一氏らの「スナック研究会」によると、全国のスナックは約10万軒。居酒屋(約8万軒)・コンビニ(約6万軒)を大きく上回るという。
先の東京オリンピック(1964年)前後、風俗営業によって店側による接待行為は午前0時までと制限されるようになった。そのため、軽食と酒を扱う店、つまり接待行為を伴わない「スナックバー」が深夜飲食営業店として急激に増えた。
カウンター越しの接客が原則なので、テーブル席でもホステスは客の隣には座らない。
セット料金でクラブやキャバクラより安く、家庭的でカラオケがある。
スナックは世界でも稀な日本独特の営業形態なのだ。
ひとり飲みでは「渋く落ち着いた雰囲気」だけではではなく、時には「さんざめき(心地よいざわめき)」の中に身を置く心地よさを味わいたい。
また、カラオケでストレスを発散したいことも……。
そんな時、僕の足は「スナックひまわり」(24位)へと向かう。
全日本スナック連盟公認の良心的な店で、地元でも評判が良い。いまどき珍しい大箱で優に30人以上は入るが、カウンターはない。
柴田節子ママは福島県相馬市の出身の76歳。16歳で上京し、カバン屋で住み込みで働いた。結婚後、主婦業と子育てをしながらスナックで働いてきた苦労人。
独立してこの店を開いたのが1989年。店名は、花の名のスナックは多いが当時、夜の店なのに「ひまわり」という名はなかったから選んだ。節子ママのおおらかで明るい性格にピッタリの名前だ。
ほぼ年中無休。予約が入れば昼カラオケもOKという「鉄人ママ」なのだ。手づくりのお通しもお袋の味である。
着物姿も艶やかな恵子さんは、この店で働き始めて10年以上でママとは名コンビ。
歌の上手さはプロ級で、デュエットしてもらうと自分まで上手くなった気分になってしまう。
客もカラオケ上級者が多く、英語の歌が得意な議員先生、ハモるのが上手な警察署長、和服で踊る他店のマスター……と個性的(ちなみに僕の十八番は上田正樹です)。
なんと、テレビ番組『和風総本家』に登場したり、一青窈も歌いに来たりという実力店なのだ。
毎年春先には「桜祭り」と称して店中が桜の大きな生花で埋め尽くされ、店内で花見ができるというゴージャスさ。あなたもこんな“人生酒場”で男を磨いてみてはどうだろう。
ちなみに「Gyoza Bar けいすけ」(19位)は、ワインと神戸味噌だれ餃子の店で「鋭く切れるスライダー」。
「角打ち フタバ」(25位)は、角打ちなのに飲める酒の品揃えが驚くほど多彩で「意表を突かれるチェンジアップ」。
「田毎(たごと)」(13位)は、釜飯と焼き鳥と元女子プロレスラーの女将によって「三振に打ち取られるフォークボール」といったところか。
――明日につづく。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ