山の音
ひとりで生きているわけじゃない。
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ひとりで生きているわけじゃない。

世の中に当たり前に存在していることを、ちょっと待てよ、と考えてみる。正解もなければ、バツがつくこともないけれど、自分なりの答えを見つけようとする。ときに、答えがないこともある。堂々巡り。夕食の献立を何にしようかと頭を悩ますことに、ちょっと似ている。

そして二十歳の娘がいる

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大好きとか、愛している、っていうのはただそれだけのことで契約とか責任という話ではないよね。
しかし、結婚、これは契約ですね。お互いに責任も生じる。
では親子関係はどうなのか?
いまのボクは、父がずいぶん前に亡くなり、生きている親は母だけである。そして二十歳の娘がひとりいる。母や娘との関係に契約というものが介在するのはちょっと違和感がありますよね。妻との関係は契約と責任が確かにあるのだが。
兄弟姉妹の関係も契約、責任、という言葉はちょっとそぐわない。友だちと何かを契約したことはない。
友人や親子や兄弟姉妹との間を支える言葉ってあるかなと考えてみると、約束っていうのはあるかもしれない。予約はちょっと違う。いや全然違うか。絆は嫌だな。そこに無理に言葉を探すと何か間違いそうな気もします。

出来ないことを出来るって言わないで

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ずいぶん前のことだけど、大好きな人がいて、声も、姿形も、髪の匂いも、触った皮膚の感触も、筆跡も、みんな本当に最高だった。明治通りに面したとある閉店間際のイタリアン・レストランで、5月頃だったかな、お互いに仕事が終わって食事をしたときに、前菜のレヴァームースを店員さんが見ていないときにボクがこっそり人差し指で直にすくって彼女の口に運んで、彼女の舌がボクの指に付いたムースを舐めて、スパークリングワインを口に含んで、またボクの指が彼女の口に触れ、彼女はゆっくり唇を舐め、ボクもその自分の指を舐めてワインを飲む。これは点数付けられないし、契約とか責任も関係ない。

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数ヶ月後に「出来ないことを出来るって言わないで!」と、同じレストランで彼女に言われてふられたのですが、彼女が凄いなといまでも思うのは、その言葉を発した直後に目に涙をためて怒りながら、自分のバッグから写ルンですを取り出してボクの顔をバシッと写真に撮った。内蔵のフラッシュもしっかり光った。あの写真はいまどうなっているのか、ときどき考える。

――明日につづく。

文・写真:大森克己

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大森 克己(写真家)

1963年、兵庫県神戸市生まれ。1994年『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第3回写真新世紀優秀賞を受賞。近年は個展「sounds and things」(MEM/2014)、「when the memory leaves you」(MEM/2015)。「山の音」(テラススクエア/2018)を開催。東京都写真美術館「路上から世界を変えていく」(2013)、チューリッヒのMuseum Rietberg『GARDENS OF THE WORLD 』(2016)などのグループ展に参加。主な作品集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。YUKI『まばたき』、サニーデイ・サービス『the CITY』などのジャケット写真や『BRUTUS』『SWITCH』などのエディトリアルでも多くの撮影を行っている。