北アメリカ南部の森に生息する鳥の名前を冠した、目の覚めるようなエメラルドグリーンのカクテル。通年提供されているスタンダードカクテルながら、すっかり春めいて若芽が芽吹く季節にこそ映える一杯である。ほの暗いバーのカウンターに差し出されたなら、その鮮やかさはなおのこと。
ペパーミントリキュールの鮮やかなグリーンが、ひときわ印象的なカクテルである。ベースはテキーラ。
カクテル名「モッキンバード」は、メキシコなど北アメリカ大陸に生息するスズメ目マネシツグミのことで、テキーラがメキシコを代表するスピリッツなのにちなんでこの名が付けられた。
通称「ものまね鳥」のモッキンバードは、ほかの鳥の鳴き声はもちろん、機械音や人間の声もそっくりにまねるという。「Mock」は「疑似」の意味があり、ノンアルコールカクテルが「Mocktail」と呼ばれているのと同じ意味がある。
本物のモッキンバードという鳥は青味がかったグレーで、尾は長く、全長20~30cmほど。決してこのカクテルのような色鮮やかな羽色ではないが、不思議と緑萌える森を舞うエメラルドグリーンの小鳥をイメージしてしまう。
「はい、どうぞ」。そう言ってマスターの渡辺昭男さんが差し出したカクテルは、深い茶色のカウンターがにわかに華やぐほどに美しい色味をしている。シェイクしたてのため、表面はうっすらと泡立っていて、ライム果汁が入ることでペパーミントリキュールの色味が淡くなっている。その色合いの印象のとおり、ライムの酸味がきいた爽快な味わいと香りが広がる。
「テキーラのカクテルといえば、マルガリータが圧倒的に有名です。マルガリータはカクテル名で注文される方が多いのですが、モッキンバードを注文される方はなかなかいらっしゃらない。世界的にスタンダードなカクテルなんですけどね。だから、『テキーラベースのものを』と注文を受けたときには、僕は『ちょっと変わったものはいかがですか?』と言ってこのカクテルをお薦めしてみるんです。飲みやすくて清涼感がありますので、お食事をされた後のちょっとお腹が一杯なんていう時にもいいんですよ。
グリーンの色がきれいなカクテルでしょ。バーの暗い明かりの中では目立つんですよ。だから、誰かが頼むと、別のお客様が『あれ、なんていうカクテル?』と聞かれて、試しに飲んでみようかとなる。一杯出ると、ご注文が続くのもモッキンバードの特徴ですね」
カクテルを照らす光のもとへ目をやるとダウンライトの半分にだけ、カバーがかかっている。
マスターの渡辺昭男さんに尋ねてみたら「お客様がまぶしいといけないと思いまして」という答えが返ってきた。
光が強すぎてもいけない。ただカクテルは美しく照らしてほしい。そして、バックバーに並ぶボトルも輝いていなくてはいけない。そのため、半分だけカバーをかけることを思いついたという。
「だからカウンターの内側に立つ僕たちは、結構まぶしいんですよ」
そう笑って言うが、いたるところにもてなしの気配りがある。カウンターの向こうとこちらではまるで違う世界が広がっているのだ。
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五