アルザス・ワイン街道をゆく。
アルザス・ワイン街道の起点に佇む街「ストラスブール」。

アルザス・ワイン街道の起点に佇む街「ストラスブール」。

フランスのワイン醸造地の中で、もっとも寒冷な地域であるアルザス。過酷な環境で育てられたぶどうは、繊細で透明感のある味わいを醸し、ローマ時代から多くの人を魅了している。古都・ストラスブールの物語から始めましょう。

ストラスブールはユネスコ世界遺産の街

ワイン

フランス北東部からドイツの国境に沿って南北に延びるアルザス地方。パリ東駅からフランス高速鉄道TGVに揺られて約2時間。中核都市のストラスブールはアルザスワイン街道の起点であり、欧州評議会や本会議場が置かれる欧州統合の要である。

中世からのコロンバージュ様式という木組みの街並みも残り、ユネスコの世界遺産にも指定されている。

聖堂

ストラスブールの中心にそびえ立つノートルダム大聖堂は、近くのヴォージュ山脈から切り出した赤色砂岩で建設されている。

1277年に土台を築いてから、162年後の1439年に完成。それから間もなく、マルティン・ルターの宗教改革を経て、カトリック派からルター派の教会となった。

赤銅色の大聖堂は、カトリック派の教会に戻ったいまも荘厳な輝きを放っている。その圧倒的な存在は一見の価値があるだろう。

ステンドグラス

大聖堂に隣接するのがグーテンベルグ広場だ。ドイツ・マインツ出身のヨハネス・グーテンベルグは、30代半ばに1年ほどストラスブールに移住して、この地で16世紀の情報革命の基となる活版印刷を完成させたといわれている。

グーテンベルグが発明した印刷機で最初に刷られたのは『聖書』だ。ルターの主導した宗教改革は、それまで聖職者に独占されていたラテン語の写本を、庶民の間で交わされていた俗語(ドイツ語やフランス語など)に印刷して広く普及、ローマ教会を頂点とするアンシャンレジームへの批判を呼び起こした。

銅像

閉鎖的なギルドに独占されていた秘伝の技術も、印刷された書物を通し庶民に共有され、羅針盤や天体観測等の進歩を促し、新大陸の発見などのきっかけになった。
当時、欧州全土で1,000ヶ所の印刷所があり、推計3万種、900万点の書物が印刷され、読まれたという。グーテンベルグ広場の中心には彼の像が建立され、活版印刷による公開情報の飛躍的拡散が世界中を啓蒙する様子が、レリーフに刻まれている。
欧州統合の象徴ともいえるストラスブールは、かつて宗教改革や活版印刷による情報革命で、中世から近代へと新世界の扉を開けた街でもあったのだ。

独仏争奪合戦の地域

アルザス地方がフランスでありながら、言語や文化などドイツ的風土を色濃く投影しているのは、特有の歴史が大きく影響している。

1618年から1648年に欧州全土を巻き込んで勃発した“30年戦争”後のウエストファリア条約で、アルザス地方は、神聖ローマ帝国(ドイツ)からフランスに割譲されるが、1870年の普仏戦争後にはドイツに占領される。第1次世界大戦後のベルサイユ条約でフランスに領有権が戻るが、第2次世界大戦でドイツが再び占領。大戦終了後にフランス領になり現在に至るなど、戦争で支配者がめまぐるしく替わった歴史を刻んでいる。

地図

ストラスブールに、欧州議会が置かれたのは、まさにこうした歴史的融和の象徴としてである。

しかし欧州連合(EU)が主導する行財政合理化策の一環として、2016年にフランスは22あった地方行政府「地域圏」を13に再編。アルザスはその影響でグランテスト地域圏に編入され、行政単位としてのアルザスの地名は消滅。バーラン県とオーラン県に分裂しているのが現状だ。欧州統合の一端を担ったアルザス地域が地域名を消滅したのは歴史の皮肉ともいえる。

現在はマクロン大統領と地元首長らが、仏独の影響を受けながらも、そのどちらともつかない固有の文化圏を形成した「アルザス地域圏」の呼称復活に向けて協議中という。


――つづく。

文:香西聡平 イラスト:ミヤザキオサム

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香西 聡平

大学卒業後、共同通信社に入社し、編集者として従事する。定年退職後にワインの微妙かつ奥の深さに魅かれ、アルザス、ボルドー、ブルゴーニュ、ナパバレーなどを巡る旅に出る。ワインは醸造される土地で栽培されたぶどう限定で造られるため、地域特有の土壌や気候などの諸条件(テロワール)が香りや味わいに凝縮している。各地のシャトーを訪ね歩き、テロワールを体感したいと願っている。