開店は1947年。以来ずっと、黒子に徹したスタッフによる行き届いたもてなしは変わらない。その姿勢を支えているものものとは何か?前回にひき続き、洋菓子喫茶「ウエスト」の物語。
制服に限らず、「ウエスト」の“とにかくお客様が主役”という考えは一貫している。
いまどきの店には珍しく、回転を重視せず、ひと組の客が心ゆくまで寛いで席を立つまで、決して急かしたりはしない。しかも相席はさせず、たとえひとりでも広い席が空いていればそちらに通す。誰でも平等に、丁寧にもてなしてくれる。
飲み物に関しては、ポットサービスのフレッシュハーブティーと、自家製ジンジャーエール以外は、最初に注文したものを何杯でもお代わりできる。おまけにテーブルの上にはこんな札がある。
『珈琲・紅茶のお代わりはご遠慮なくお申し付け下さい。味加減が、お好みに合わないときは淹れ直しいたします。』
効率重視の世の中で稀有なその姿勢は、街の喫茶の範疇を超え、まるでホテルのラウンジやサロンのようだ。開業当初に高級レストランだった名残もあるのかもしれない。二代目の依田龍一さんに伺うと、これも先代である父・友一(ともいち)さんの教えを守ってのことだという。
「喫茶というところは寛ぎに来る場所ですから、長居をされるというのはそれだけ居心地がいいということ。ですから、長く滞在されるお客様にリピーターになっていただき、常に店が混み合っていることこそが理想だというのが先代からの考えですね」
経営的には大丈夫なのだろうか。単刀直入に聞くと、ふふふ、と依田さんは笑って言った。
「もちろん採算面だけ考えると、喫茶室というのはどこも赤字なんです。でも、やっぱりいいシステムというものは続けていかなくちゃと思っていますから。それに、うちは物販の方で利益が出れば、喫茶は別に多少赤字でもいいんですよ。お客様のブランドに対しての信頼や評価が上がれば、それで十分。喫茶室は宣伝部門のようなものですね」
物販で盛り立て、喫茶を守る。そうした依田さんの考えを支えているひとりが、新商品開発担当のパティシエ、金子博文さんだ。金子さんの入社以来、それまでにもつくっていた季節のケーキの点数が格段に増え、物販の人気がさらに拡大したという。
「彼はつねに北海道から沖縄まで生産者の方を訪ね歩いていて、いい食材を見つけると、市場を通さずに一番いいものを旬の間だけ農家さんから直接提供してもらっているんです。なので、たとえば“2週間限定で旬のこのフルーツを使ったケーキを投入する”といった、柔軟で頻繁な新商品の展開ができるようになりましたね」
「ウエスト」の商品は素材が命だ。それは新商品でも定番商品でも変わらない。名物の“リーフパイ”や“ヴィクトリア”などのドライケーキ(「ウエスト」では焼き菓子のことをこう呼んでいる)も、使われているバターや粉といった素材の上質さを感じられるものばかりで、人工的なフレーバーやアルコールを添加することはほぼない。
余計なデコレーションもない。新作も定番もどちらもすっきりとしていて、いかにも「ウエスト」らしいかたちをしている。まるで制服と同じだ。そして、それにもちゃんとした理由がある
「これは商品だけでなく、店のすべてに言えることかもしれませんが、あまり過度に装飾的なものは銀座らしくないと思っているんですよ。シンプルで、自然に素材のよさが伝わる形こそが理想だなって。ですので、銀座に恥じないセンスを保っていきたいという考えは、ずっとありますね」
銀座の目というのは、それほどまでに厳しいものだと依田さんは言う。
「先代である父には、銀座のお客様ならば、本当にいいものをそれなりの値段で出してもわかっていただけるという考えがあったんだと思います。決して裕福な家ではなかったですけど、常に“一番良いものを知っておけ”ということは言われていて、銀座にお鮨や天麩羅を食べに連れていってくれました。“一流の店というのはこういう雰囲気で、そこのお客様というのはこういう感じで”と、子供の頃から勉強させてもらっていましたね」
今では広く愛されている「ウエスト」のスタイル――ケーキをたくさんの見本から選ばせてくれること、サンドイッチを注文するとパンの種類やトーストするかしないかを聞いてくれることなども含めて――も、きっと先代が自分の目と舌(ときには足)で体験して素晴らしいと思った商いの方法を、ひとつずつ真面目に取り入れていった結果なのだろう。そしてそのスタイルと生真面目さを依田さんが継承し、今も時代に即したマイナーチェンジを施しながら守り続けている。それもこれも、すべては“銀座にごまかしは通用しない”から。素材や味にしても、サービスの質にしても、銀座に認められるようにと必死で磨いてきたものが今の形になっている。
「銀座の店にはこだわっていきたいと思っています。全部ここから始まりましたから」
「ウエスト」の社是は「真摯」という。
真面目でひたむきなさまを表すこの言葉が、これほど似合う空間も珍しいのではないか。モノトーンの制服とその変わらぬ仕事ぶりに、自分にとっての“銀座”の存在を忘れずにいよう、と強く思った。
おわり。
文:白井いち恵 写真:米谷享 参考文献:木村衣有子『銀座ウエストのひみつ』(京阪神エルマガジン社)