「おにぎりの本当のおいしさってなんだろう」。その答えを求めて写真家・阪本勇は旅に出る。シリーズ第4回目は、このシリーズの版画を手がけた左官屋の大将、作村裕介さん一家を訪ねた。
今回はこのシリーズの扉絵を版画でつくってくれたさっくんこと、作村裕介の家に行かせてもらった。
編集の人から「写真が続くから、扉ページは絵とかデザインっぽいのがいいかもね」と言われた。僕の周りには素敵な絵を描く人がたくさんいるけれど、このおにぎり連載の扉絵と考えたとき、真っ先にさっくんの版画が頭に浮かんだ。「もう何年も彫ってないよ」と言っていたさっくんだけれど、最高の版画を仕上げてくれた。
さっくんとは、奥さんの由香ちゃんを通じて知り合った。由香ちゃんは、僕が働いていたうどん屋で一緒にアルバイトをしていて、由香ちゃんもさっくんも当時はまだ専門学校で絵を勉強している学生だった。ある日、アルバイト中に「彼氏が食べにきた」と言うので、店長的な立場だった僕は、働いてくれている由香ちゃんの彼氏であるさっくんに挨拶に行った。そのときがさっくんとの初対面で、何を話したかまったく覚えてないけれど、とにかく愛想がないという印象しか残らなかった。
さっくんが帰った後に「彼氏も絵描いてるんです」と言うので、「彼はどんな絵描いてるん?」と聞くと、「なんか豪快で、とにかく大きい感じの絵です」と教えてくれた。「でっかいキャンバスに描いてるんや?」と言うと、「サイズというよりも、なんかとにかく豪快で大きな絵なんです」と言われたが、どういう絵なのかまったく想像できなかった。
しばらくして、由香ちゃんが絵のグループ展をするというので、うどん屋のスタッフと一緒に観に行った。その展示にはさっくんも参加していて、たくさんの色を使って豪快に描かれたさっくんの絵が飾られていた。僕は絵に詳しくないのでどういう技法かとか素材かとかはまったくわからなかったけれど、さっくんの絵は、音痴だけど構わずに好きな歌を大声で歌っているような印象で、そのまっすぐさに僕は感動した。帰りにさっくんにも挨拶して帰ったけれど、愛想がないという印象は変わらず、絵と本人の印象の違いに戸惑った。
ある日の夕方、携帯に由香ちゃんから電話がかかってきて、出るとさっくんだった。「阪本さん!俺みたよ、阪本さんの写真と文章!めっちゃ好きだ!それ早く伝えたくてさ、由香に電話借りたんだわ!」。当時、僕の写真作品が雑誌に掲載されていて、由香ちゃんと一緒に本屋さんでそれを見てくれたらしい。愛想がない印象だったさっくんからの突然の電話。その電話で気持ちをストレートにぶつけてくれたこと、僕は戸惑いつつも嬉しかった。「今度、飲もうよ!」と言ってさっくんは電話を切った。あの日見たさっくんの絵を、なにかすこし理解できたような気がした。その台風のような電話をきっかけに、僕とさっくんは仲良くなっていった。
ある夜、「阪本さんを描きたいから今から家行っていい?」と連絡があって、さっくんはバイクに乗って現れた。僕が以前住んでいた風呂なしのぼろアパートに上がり、筆と墨を畳の上に広げたかと思うと、僕の似顔絵を描きだした。僕の顔を見つめ、描く。描いては見つめ、描いては見つめ、何かに取り憑かれたかのように墨汁で僕の顔を描き上げた。墨が飛び散って畳の上についた。その墨はその後、アパートを引っ越す時までとれずにずっとそこにあった。
さっくんのにぎるおにぎりは、まるでさっくんが描く絵のように豪快だった。
唐揚げが入ったおにぎりが一番好きだという、さっくんが話してくれた。
「そういえばさ、母さんが昔つくってくれたおにぎりがめっちゃくちゃ大きくてさ、めっちゃおいしかったんだよ」
さっくんが自分の顔の前で手で示すおにぎりの大きさはドッジボールくらいの大きさがあった。僕が笑うと、「ほんとなんだよ、ほんとにこれくらい大きかったんだよ!」と言い、思い立ったように、「そうだ、今日はそれつくるわ!」と言って、大きな大きなおにぎりをにぎり出した。
さっくんがにぎる、あまりにも大きなおにぎりに、長男のおにぎり大好き麟太郎は釘づけになっていた。「ほんとにこれくらいだったんだよ、冗談じゃないんだよ!」と言ってさっくんがつくったおにぎりは、次男の朝陽の顔くらいの大きさがあった。
みんなでおにぎりを食べながら、「お母さんはなんでそんな大きなおにぎりつくったんやろう」と話していると、「なんでだったんだろうね。母さんに聞いてみよっか!」と、いきなり富山のお母さんに電話をかけた。
「母さん、今、おにぎりの撮影にきてくれててね」と話し、「なんであんなに大きかったの?」と聞いた。さっくんはサッカーを習っていて、毎週末お弁当を持たす必要があった。「毎回お弁当をつくるのは親の負担になるし、みんな一緒におにぎりにしよう」と父兄間での取り決めがあったらしい。「おにぎりの形をしてれば、中には何入れてもいいってことだったから、食べ盛りの息子にたくさん食べさせてあげたいと思って、ウィンナーとか唐揚げ、焼肉なんかをたくさん詰め込んでいるうちに大きくなっていった」ということだった。
「ほんとあれおいしかったわー!」とさっくんが言うと、「当時はおいしいなんて一言もいってくれなかったなぁ!」と電話の向こうでお母さんが喜んだ。
高校時代、さっくんにはおにぎりを持たせて、弟にはお弁当をつくっていたことも教えてくれた。その理由は、さっくんは運動もしているしお腹が空いて早弁をするので、お弁当よりもパッと食べることができるおにぎりが都合よかったから、ということらしい。
さっくんの血を継いだ麟太郎はおにぎりが大好き。麟太郎の誕生日に20個おにぎりをにぎって水族館に行ったが、家族4人ですべて平らげた。
当時、一緒にうどん屋でアルバイトしていた由香ちゃんは今、黒猫まな子という名前でイラストレーターとして活躍しているし、さっくんは夢であった左官屋の大将になっている。あのふたりが結婚して家庭を築いていることに僕は感動し、同時に僕も頑張らなあかんなぁと思った。
電話がつながっているお母さんに、「今度お母さんのにぎるおにぎりも撮らせてください!」とお願いすると、「ダイエットしときます!」と元気に返事してくれた。
文・写真:阪本勇