2017年の初開催は東京で、2018年は福井で。そして第3回目となる今回もあなぐまの獲れた地、福井で「あなぐまを食べる会」を開催しました。ひと晩限りの「ジビエの晩餐会」で35人のゲストに腕を振るうのは、東京・門前仲町のイタリアンレストラン「パッソ・ア・パッソ」の有馬邦明シェフ。真摯な姿勢でジビエ料理に向き合う料理人です。猪、熊、鹿、ヤマシギのみならず、今回は“幻の食材”を仕込んであるとか。どんな料理が登場するのでしょう?
2019年12月3日「あなぐまを食べる会 THE 3rd 福井の夜」が開催された晩は、奇しくも前年同様に雨。冷たい雫がしとしと降り続いている。でも会場となる、朝倉氏遺跡の敷地内にある一軒家レストラン「一乗谷レストラント」は華やかな光と、色めきだった熱気に包まれていた。
満員御礼。事前予約をし、福井駅から送迎バスで会場へやって来たゲスト35人の中には、前回も参加したという顔もあり、今回はどんな料理が登場するのか期待が高まる。
朝倉氏遺跡保存協会・岸田清会長の音頭で、振る舞い酒のdancyu webオリジナル清酒「d酒」で乾杯!
そして東京・門前仲町のイタリア料理店「パッソ・ア・パッソ」のオーナーシェフ、有馬邦明さんが登場。今宵で3回目の開催となる「あなぐまを食べる会」の挨拶につづき、料理と食材についてのスピーチが始まった。
「みなさん、こんばんは!僕のお店では、ジビエというその季節に食べるのにふさわしい素材を大事に扱っていて、福井のジビエ、とくにあなぐまを扱うようになったのは、『あなぐまを食べる会』の第1回目が始まる頃からです。めでたく3度目を迎える今回は、そちらに座ってらっしゃる猟師の渡辺高義さんおかげで素晴らしいあなぐまが用意できました。料理もさらなるグレードアップをしています。
ジビエという“自然の食材”は、獲れたらなんでもおいしいということは決してなく、どこで、誰が、どのように獲ったのかがとても大事なんですね。だから僕も勉強するわけです。
実は、あなぐまはそんなにたくさん獲れる食材ではなく、どちらかというと数が少なくなってきています。
でも今回のあなぐまは素晴らしいですよ!丸々と太っていて、僕がこれまで扱ってきたなかでも最高レベル。しかも4頭も!メインだけでなく、前菜やパスタでもあなぐまをしっかり堪能できる料理にしました。渡辺さんからあなぐまを提供いただいた分、ズワイガニも買えました(会場から大きな拍手)。
では、僕がここにいると料理が出ないので(笑)、キッチンに戻ります!ゆっくり食事を愉しんでください」
まず供されたのは、3種のパン。丸パンとグリッシーニには、あなぐまの脂が練り込まれている。
当日用意されたワインはイタリア産のナチュラルワイン中心。前回と違うのは、プロセッコとシチリアの白ワイン以外の4種は赤ワインを用意していることだ。コースの最初から最後まで肉が使われることを踏まえ、振り切った心意気が感じられる。
同じ赤ワインでも、モダンなもの、ベリー系の軽やかなもの、タンニンは強すぎずともしっかりした味わいのもの、ハーブのようなニュアンスをたたえたものが揃う。ジビエ料理といえど獣の強い香りとは無縁、軽やかな味わいに仕立てる有馬シェフの料理とおいしく飲み進められるワインばかりである。
そして前菜が登場。有馬シェフがひとつひとつ丁寧な説明を加える。
以下に、書き出していこう。
「まず、いちばん注目していただきたいのが中央にある“あなぐまのゆでハム”です。一度ゆでてから蒸して余計な脂を落とし、残った脂肪に味噌を塗って焼いたものです。ことに味わってほしいのは脂。猪や熊にも言えることですが、彼らが越冬するために付ける脂は、良質でおいしく、人が食べてもエネルギーにしてくれます。ですから、とくに寒い地域であなぐま、猪、ツキノワグマの脂を食べるというのは理にかなっています。そして、あなぐまがひと際優れているのは、この脂です。融点が低く、それを“栄養源”としていただいているようなものです。その脂をどう料理するのか、というのが料理人がやらなくてはいけないことで、料理の仕方次第で多様に使えます」
「蝦夷鹿を柔らかく炊いたものです。イタリア料理のサルサヴェルデというグリーンの酸っぱいソースを和えています」
「フランスのジビエ料理においても、口ばしの長いヤマシギは、雷鳥とともに1、2を争うくらい希少で貴重な鳥で、本場フランスでは禁猟になってしまっています。日本では禁猟になっておらず獲れはしますが、とにかく飛ぶのが速くて1回鉄砲を撃ってしまうと全部逃げてしまう。それでは割りに合わないということで嫌がる猟師さんが多いのです。今日はその貴重なヤマシギを手に入れることができました。身を挽いてテリーヌにしてお出ししています。ポイントは上に添えているソース。ヤマシギは小魚を食べることが多いので、内臓も使うことができ、まるでアンチョビのような風味がします。今回は、頭も内臓も骨もすりつぶしてソースに生かしています」
「福井が誇るが糖度の高いニンジンです。そこにワインを発酵させた酢と八角とシナモンで香りをつけました」
「九頭竜舞茸とツキノワグマの肉を炊き、それをギューッと煮詰めて押し固めたテリーヌです。ツキノワグマがおそらく餌にしているであろう、むかご、じゃがいもなど季節の食材を一緒に合わせてお料理しています」
「ズワイガニがいっぱい入っていますよ。身をすべてほぐして、パスタの皮でくるんで巻いたものです。ソースはそのズワイガニの殻をミルクといっしょに炊き、炒めてすりつぶした玉ねぎと合わせたクリームソースです」
「先ほどの蝦夷鹿に対し、こちらは本州鹿。おそらく福井でもなじみのある鹿でしょう。これをローストして薄切りにしました。イタリアの特産物であるカーボロネロは黒キャベツと呼ばれる苦味のある野菜ですが、福井産のものはちぢれたほうれん草のようで柔らかく、生でもおいしく食べられます。そのカーボロネロを、本州鹿を解体した時に出る筋や骨で取ったスープで柔らかく炊いて添えています。一緒に召し上がってください」
「仔猪2頭分のひれ肉をローストして冷やしたものを薄切りにし、野菜入りマヨネーズと合わせています」
「九頭竜川で獲れた鮎にあなぐまの脂でつくった生ハムを重ねて、フリットにします。香りがよく、とてもいい食材の鮎にさらにもうひとつ土地の恵みを加えることによって、福井ならではの香りと味わいをまとわせました!」
「みなさん、アラレガコって知っていますか?僕はずっと気になっていた食材ですが、使うのは今回が初めてです。アラレガコはカジカの仲間で、淡水の川底に棲むあまり泳がない魚です。鬼のような顔のせいであまり人気がないんですね。でもスゴイおいしい魚なんですよ!そもそも僕が興味をもったのは、小学校からの愛読書『釣りキチ三平』に幻の魚としてアラレガコ、別名・鮎かけが出てくるからなんです。鮎を餌としている魚がいるという話で登場した、口のところにある牙で鮎を掛ける伝説の魚。おいしい鮎を食べているのだから、おいしくないわけないじゃないですか!」
有馬シェフがアラレガコの説明を続ける。
「いまこの魚は、絶滅危惧に指定されているほどとても希少です。今回食材させてもらったアラレガコは、特有の漁法を守り、この味を後世に残すべく、絶えさせないように育てている方からから送ってもらったものです。アラレガコは産卵の仕方も変わっていて、あられが降る日にお腹を上に向けてあられにお腹を打たせて産卵をする、と言われています。もういろんなことが超越しているわけですよ!」
「そんな幻の魚、アラレガコを丸ごと里芋と一緒に炊き込んで余すところなくすりつぶしたスープです。イタリア料理のパッサートという調理法で、いわゆるすり流しですね。形はわからなくなりますが、身も骨もエキスもぜーんぶこのスープの中に入っています」
続くは、パスタとメイン!あなぐまはどんな料理で供されるのか?
――つづく。
文:沼由美子 写真:出地瑠以