鹿、猪、野鳥。冬に向けて栄養を蓄える野生の肉がぐっとおいしさを増す季節に開催された晩餐会。耳目を集めたのは、捕獲数が少なく、おいしく料理できる料理人も限られるという、あなぐま。福井市で獲れたあなぐまの美味を伝えるべく、東京は門前仲町のイタリアンレストラン「パッソ・ア・パッソ」の有馬邦明シェフが福井へ向かった。一乗谷朝倉氏遺跡の地に立つ「一乗谷レストラント」にて、さぁ、一夜限りのジビエ・ディナーの開催だ。
2018年12月4日。冬の雨がしとしとと降る谷あいの一軒家レストランは、静かな熱気に包まれていた。店内は、美しく着飾った人々で満席。中には東京から駆け付けたというご夫婦もいる。
朝倉氏遺跡保存協会の岸田清会長の音頭のもと、振る舞い酒のdancyu webオリジナルd酒で乾杯を終えると、キビキビと歯切れのいい口調の有馬シェフが登場!
みなさん、こんばんは!今夜はこの土地のジビエを中心に召し上がっていただきます。天然の肉だからうまい、ということは決してなく、むしろ天然ほど怖いものはありません。何を食べて、どう育って、どんなふうに処理されたものなのか。それがわかっていることが何より重要です。そこまでは猟師さんの仕事。猟師さんの肉をどう生かすかが僕たち料理人の仕事です。料理人がどう頑張っても、素材でおいしさの8割が決まってしまいます。だから、猟師さんの存在はすごく大事なんです。今日は僕の大事な猟師さん、渡辺高義さんが獲ってくれた冬の天然の恵みを味わいましょう!
目の前に焼き立てのパンが運ばれてくる。香ばしいグリッシーニとパンには、あなぐまの脂が練りこまれていると説明されて驚いた。獣っぽい香りや味など、まるでないからだ。
あなぐまは、ジビエのトップ3に入るおいしさと話す猟師さんもいます。いい環境で育った赤身肉の味はさることながら、脂がいいんですよ。骨からは出汁も出て、一匹まるごとがお宝です。
“本州鹿とアミガサ茸のコンソメ”が登場。ひと口含むと、なんと滋味深い味わい。レストランを取り囲む広大な山々や、木々の湿り気、冷えた空気、土の香り。そんな風景が頭に思い浮かぶ。
コンソメは僕にとってはすごく大事なポジションの料理です。いいものを食べて健康に育った鹿の骨は本当にいい出汁が出ます。そこにあなぐまや鴨や猪の筋、野菜の皮などを入れて、ゆっくりゆっくり時間をかけて3日がかりでつくります。それぞれの味をお水に抽出して、それを濾していく。福井は水が優れていますからね。ヨーロッパと違って、柔らかいいいお水だととてもよく味が出るんですよ。
“小蕪と平目のカルトッチョ”は、平目で猪のつくねを巻いて蒸しあげた料理。蕪が敷かれ、贅沢にもセイコ蟹をつぶして野菜と合わせたピューレ状のソースがたっぷりとかかっている。
前菜の盛り合わせが登場すると、あちこちから歓声が上がる。“あなぐまのロトロ(肉巻き)”を中央に、ロシアから飛来してきた網獲りの真鴨、仔熊と猪のパテ、雉や山鷸(やましぎ)など4種の野鳥と香茸のテリーヌなど、福井県産以外のジビエも用いた“天然肉前菜”。今度はあちこちのテーブルから「ワインお代わり」を求む声が続々と!
有馬シェフから紹介のあった猟師の渡辺高義さんも、この日ばかりはスーツでビシッときめている。牛を育てることを生業としながら、猟師歴20年。農作物の被害が増えるにつれ、害獣駆除のために狩猟を始め、食用として生かすための血抜きや処理の方法を学んできた。渡辺さんが猟をする殿下地区は、越前海岸に近い山中で、楢やどんぐりの木が多く豊富な木の実が成る。山の傾斜は厳しく、沢の水は飲めるほどに清らか。自ら獲った肉に皆が舌鼓を打つ晴れやかな食事会に、酒の杯も進んだ。
数々の料理は、ときに「ジビエ」からイメージされるような、臭みや固さといったものとは無縁。軽やかでいて、体の内側から温まってくるエネルギーに満ちた食事が続き、ワインや地酒を愉しみながら皿が進むにつれ、高揚感を増していく。
フランスのジビエ料理は、冬の雪に閉ざされた野菜もない、食べるものといえば山の肉、という世界の中で発展していきました。寒い冬を乗り越えるために栄養を蓄えている野生の動物を、人が食べて栄養をつけるというものです。当時は獲ったウサギを10日間ぶら下げて移動し、血の一滴までも無駄にできない状況で料理されました。だから香りは強かったし、ソースも相応に仕立てます。でも現代においては、固い、臭いはあってはならない。どんなものを食べてどんな水を飲んでいるのか、オスかメスか、年齢はどうなのか。味の違いに関わってくる部分を吟味しなくてはなりません。
メインの“本州鹿のソテー 赤ワインソース”は、背から腰にかけての部位である背肉のロースが用いられる。赤身で脂が少ない部分なだけに、火の入れ方の技術が問われるところ。断面は美しい真紅。弾力のある身は柔らかく、塩を振りかけただけなのに、噛みしめるほどに、肉の持つ旨味がじゅわりとしみだしてくる。地産の長葱の煮込みを一緒に口に含むと、柔らかな甘味が加わり、また味わいの奥行きが増す。そこにワインを流し込めば……天国行きの幸福感が満ちてくる。ああ、ワインもう一杯、大至急!
たんまり食べた。ふんだんに飲んだ。ライブ感に満ちたジビエ・ディナーを有馬シェフが締めくくる。
みなさん、いかがでしたか?ジビエは、肥育され、柔らかく、脂の多い食肉とは違います。天然の肉はアスリートの肉です。だから波があります。僕は野菜だけでなく、肉にも旬があると思うんです。だからこそどう獲っていくのかが重要で、僕は猟師さんとよくお話をするわけです。獲れたからもらうのではなく、一匹まるごと多彩な料理に使える、ということが大事なんです。それは、猟師さんが食材に対してどれだけハートをもっているかで大きく変わってきます。
みなさん、有馬さんの言葉を神妙な面持ちで聞いている。
届く肉の梱包の仕方ひとつで伝わってくるものがある。食材なんですから、ハートがある人が扱わないとただの屍体になってしまいます。僕は、取引を始める前に渡辺さんのお宅を訪ねて、どんな風に猟をされるのか話を伺いました。家では牛を飼われていて、牛舎がとてもきれいなんです。牛は30ヶ月、毎日世話をしなければなりません。自分の人生の時間をずっとそこに費やす。それはハートがないとできない仕事です。魚を扱う人も農家も一緒。みんながプロフェッショナルにならなくてはいけません。誰が送ってきてくれたか、がとても大事で、あの人が送ってくれたんだから僕が最高の料理にしてやろうって思えるか。そう思えるものが、僕にとっての最高の食材です。
拍手喝采。これにて閉幕です。
文:沼由美子 写真:出地瑠以