手間隙かけて織り成すシンプルな美味が真骨頂の「パティスリーFOBS」が、28日(日)のみ、dancyu祭に出店する。なかでも、フランス北部の都市・リールの名菓ゴーフルを独自に深めた“ゴーフレット”は、存在感のある上質なバタークリームがたまらない逸品だ。スイーツ好きは、B1フロアへGO!
おしゃれなカフェやチョコレートショップ、ハンバーガーの店などが続々と誕生して、注目度がぐんぐん高まっている下町・蔵前。そんな街の一角、国際通り沿いに3年前、オープンしたのが「パティスリーFOBS」だ。ブルーを基調にしたシックな店は、パティスリーには珍しいダンディな雰囲気。「だからなのか、男性のお客さんも多いんです」「うん、入りやすいのかもしれないね」。仲睦まじく話すのは、オーナーパティシエの安井義則さんと、接客にあたる妻の木綿子さんだ。
こぢんまりとした店内に並ぶのは、12種類前後の生菓子と、クッキー、フィナンシェ、クロッカンなどの焼き菓子。安井さんがつくるお菓子は、核になる味わいが明確に表現されていて、頭であれこれ考えなくても素直においしさが伝わってくる。とてつもなく手間をかけているにシンプルなのだ。「僕が大事にしているのは、高級な材料でなくていいから、丁寧に段階を踏んでつくっていくこと。お菓子のおいしさはレシピで決まるんじゃなく、どれだけ愛情を込められるかだと思うんです」。個性をもたせながらも、基本に忠実に。これも常に心がけていることだ。その思いを示したのが「FOBS」という店名。「小麦粉(Farine)」「卵(Oeuf)」「バター(Beurre)」「砂糖(Sucre)」というお菓子の基本材料の頭文字から取っている。
安井さんは、この店を開くまで、フランス菓子の名店や東京屈指のフランス料理店のデセール担当として腕を磨いてきた。「知識を深めるならやはり本場に行くしかない」と、3年間、フランスで修業をした経験も持っている。ただし、菓子の世界に飛び込んだのは20代後半。それまでは、なんと萱葺(かやぶき)職人だったという。
「家業が瓦葺屋だったので、自然とその仕事に就いたんです。でも、自炊をきっかけに料理の楽しさに目覚めて、フランス料理店に就職したらその店でデザートを任された。その時に料理よりもお菓子のほうが自分に向いていると感じたんです」。好きで飛び込んだ世界だからこそ、もっともっと上を目指したい。イメージ通りのお菓子がつくれずに、力不足を感じることはまだ多いという。そのときの悔しさが日々の菓子づくりの原動力になっている。
生菓子も焼き菓子も評判のこの店で、看板商品となるのが“ゴーフレット”だ。バターの風味豊かな生地の間に、バニラが香る濃厚なバタークリームを挟んだリッチな味わいのお菓子である。ゴーフレットというとパリパリの食感を思い浮かべるかもしれないが、この生地はしっとりもっちり。バタークリームからはシャリシャリとした砂糖が現れて、食べた人をたちまち虜にしていく。
この菓子をつくるきっかけになったのは、フランスでの出会いにあるという。ベルギーに近い都市・リールの名菓である“ゴーフル”をパリで食べて、あまりのおいしさに衝撃を受けたのだ。「いつか自分の店を持ったら、これを出したい」。そんな夢が生まれ、試作を開始。材料もつくり方もわからず、パリで食べた舌の記憶だけが頼りという心許なさだった。「一番、悩んだのは生地。パートシュクレ(タルト生地)やサブレ(クッキー生地)など思い当たるものでつくってみたものの、まったく違うんです。手探りでつくっていくうちに、ブリオッシュのパン生地だとわかって」。
試作を繰り返すこと3年。ようやく納得のいくものが出来上がり、店を開くときには、ショーケースの中で一番大きなスペースを割いて並べた。そんなゴーフレットの製造工程を、特別に見せてもらうことができた。工程は大きく3段階。ブリオッシュ生地をまず仕込んで寝かせ、その生地を専用の機械で2枚ずつコツコツと焼いていく。最後にバタークリームをつくって挟めば出来上がりだ。1回で約500枚分をつくり、所要時間はトータル7~8時間。ゴーフレットを焼く日は、他の菓子の仕込みを早めに終わらせるよう段取りを組むそうだ。
「どんなお菓子もそうですが、大事なのはタイミング。同じ材料でもちょっと早かったり遅かったりするだけで、まるで違うものになってしまいますから」。安井さんの話を聞きながら、ふと気付いた。ゴーフレットの材料は、小麦粉、卵、バター、砂糖。まさに、F・O・B・S。シンプルな材料から生みだされるインパクトのある味わいに、誰もが心を奪われるのかもしれない。
dancyu祭初出店の「パティスリーFOBS」からは、この祭に合わせたスペシャルスイーツが繰り出される。ひとつは看板スイーツ、ゴーフレットの限定フレーバー“カスノワ”。自家製の胡桃ペーストを練り込んだバタークリームに、パフ入りチョコレートを組み合わせている。歯ざわりはサクサク、カリカリ。カスノワの「カス」とはフランス語で「砕く」という意味だそうで、安井さん曰く、「くるみ割り人形になった気分を味わえます(笑)」。定番のバニラフレーバーも用意されるので、両方買って食べ比べるのも楽しいだろう。
もうひとつのスペシャルスイーツは、チョコレートパフェにマンゴーとパッションフルーツのグラニテをのせた、その名も“グラパフェ(ショコラトロピック)”。アイスクリームは使わずに、ひんやり感をグラニテに委ねた新感覚のパフェだ。パフェに盛り込まれるのは、生クリーム、ビスキュイショコラ、トロピカル味のムースなど。トップにのるグラニテの下には、コーヒー風味のソースが潜み、ひと口目から釘付けになること間違いなし。最後の一口にもちょっとした仕掛けがあるが、それは食べてみてのお楽しみ。このほかに、マドレーヌ、フィナンシェ、クッキーなど定番の焼き菓子も販売。蔵前発の甘い誘惑にのらない手はなし!
(「パティスリーFOBS」の出店は4月28日の日曜日のみ)
文:上島寿子 撮影:富貴塚悠太